文字数 3,931文字

「皆さんは、あるシステム系の会社を運営しています。同僚のMさんが、会社の悪口をネットで言いふらしているのがわかりました。Mさんにどう接すれば良いかグループで討議し、結果をまとめて発表してください。討議時間は三十分、発表時間は七分です」

 テーブルを囲んで着席した学生たちの人数は、女二、男三の計五人だ。
 悩んだ末に決めたグループワークの課題を発表しながら、早紀は間近に見る久遠坂和之を観察した。これという特徴のない、埋没しがちなタイプの学生だ。緊張している様子が窺えた。

「それでは、ディスカッションを開始してください」

 開始を告げ、脇の面接官席に引っ込んだ。前園と寺田と並んで座り、学生たちがどう討議を進めるかを審査する。机の上には七星グループ標準のグループワーク評価シートが載っている。ペンの芯を出しながら、ストップウォッチを押した。
 学生たちはそこそこ手馴れており、誰が係をやるか手早く決めた。

「リーダーになりましたので、私、林が進行をしたいと思います。Mさんが会社の悪口をネットで言いふらしているということですが、Mさんにどう接していけばいいか、皆さん、意見はありますか」

 学生の一人ははきはきとした口調でそう言うと、一同を見回した。全員が様子を窺うように、誰からいこうか、と互いの顔を覗き込んだ。

 グループ面接は匙加減が難しい。印象が薄くなってはアピール力不足と判断されるが、出すぎて他人を萎縮させても協調性不足とみなされる。学生たちは様子を窺い、自分の出方が最適かを常に計算する。
 計算の間の微かな沈黙に、耐えきれなくなるのはリーダーが多い。

「えっと、みなさん意見はないんですか? 中村さん、どうでしょう?」

 林は脇の女の子に振った。やや性急だ。一瞬の沈黙を議論の停滞と捉えた反応は、責任感は強いが余裕が足りないタイプに多い。
 早紀は手元で、シートの性格特性ダイアグラムに下書きで薄く点を振った。積極性を目盛りプラス一、落ち着きを目盛りマイナス一。書き込むときに動かすのは視線だけで、顔は動かさない。シートには『注意点:学生の議論への集中を乱さないよう、面接官は態度に気を配ってください』と太字で書いてある。

「そうですね」
 振られた中村が答える。
「私なら、Mさんが会社のどこに不満なのかを聞きだして、悩みを聞いてあげます。会社の中に、愚痴を零せる友達がいないことが問題なのではないかと思います。現実で友達がいないから、ネットに逃げ込むんじゃないかな」
「それは凄くそうだと思います。喋れる人がいないから、外で出しちゃうのってあると思う」
「友達になってあげるっていうのは、解決策の一つだと思う」

 うんうん、と皆が頷きあう。心の中では頷いていないが、同意から入り雰囲気を和らげるのが序盤の流れだ。
 ちなみに本当に同意しているかどうか、その同意度は相槌と首の傾け具合から判断できる。男の場合は判別容易。女の場合は、同意度と頷きの間に、ほとんど相関のない子もいるが。

「他の人はどうですか」

 林が別意見を募る。ここからが本番だ。全員の同意は議論の収束を意味する。終盤では好ましいが、開始三分で収束しては面白くない。好むと好まざるとに関わらず、序盤では、誰かが反乱分子役を引き受けることになる。

 グループディスカッションは一幕の寸劇だ。面接官という観客の前で、彼らは見栄えの良い舞台を披露したいと願っている。
 だが面接官が見たいのは、客を意識した演技ではない彼らの日常の姿だ。定年まで演技し続けることなどできないのだから。だから議論という火種を放り込む。演技としての舞台を行っているうちに、彼らは段々と自分自身を出しはじめるのだ。

「誰か意見ある?」
「確かに話を聞くのはいいと思うんだけど」
 口火を切ったのは久遠坂和之だった。
「友達がいなくてネットに逃げてるから悪口を言うっていうのは、ちょっと違うかとも思うな。ネットくらいみんなやるんじゃない?」
「うんうん。ネットやる人多いよね」と関口。
「僕も久遠坂さんに同意です」
 と天峰章吾。
「単純に、Mさんは、ネットが公の場でみんなが見ているってことを、認識してないんじゃないかな」
「それもあるよね」
「ネットって公の場?」
「皆が見られるなら公の場じゃない?」「公の場だったら、取り締まれないのかな」「殺害予告とかなら逮捕事例はあるけど、名誉毀損程度だと難しいかもね」「殺害予告なんてあるんだ」「結構逮捕者も出てるよ」「聞いたことあるな」
「ちょっと話が反れてるけど」
 中村が打ち切る。
「まとめると、どういうことなのかな。天峰さんたちの言うように、Mさんがネットを公の場と意識できてないとして、どうすれば意識してもらえそうなの?」
「それはまだわからないけど……」「どうだろうな」「地道に注意するしかないかな」
「注意して聞くような相手だったら、初めからこんなことしないような気がするんだけど」
「それは確かに」
「どころか、気を悪くしてもっと酷いことを書かれちゃうような気がするんだ。やっぱりまず悩みを聞いてあげないと、そこらへん、素直に納得できないんじゃないかな。どう思う?」
 関口が大きく頷いた。「わかる」

 この子はややオウム返しが多い。ペンが走る。協+、自主-。

「私としては、社会人として大事なのは、まずコミュニケーションじゃないかと思うんだよね」
「うんうん」
「だから、やっぱりまず話を聞いてあげるのが大事なんじゃないかと」
「そうだなあ」「確かに」

“友達になる派”中村が主導権を握る。メンバーが首肯しつつも納得していないのに気付きやや不満げ。そろそろ彼らの意識は観客の視線から離れ、目の前で展開するイベントに捕らえられはじめている。
 首を傾げていた林が、うーんと唸りを漏らした。

「でも本当にそれでいいのかな。みんなに考えてほしいんだけど、もう大人なんだし、友達友達ってのはちょっと違うんじゃない?」

 中村の表情が一瞬固まった。
 関口がそれを素早く察知したのは、そうだね、と言う相槌の傾角が浅くなったことでわかる。

「学校と違って、会社の話なんだから、友達友達、っていうんじゃないでしょ」
 中村が下から目線で、「……いや、大人だからこそ友達が大事なんじゃ?」「うん、それもわかるし」
「天峰さんはどう思いますか?」
「確かに、ちょっと学生気分だったかもしれない」
「自分も、社会人としてコミュニケーションが大事なのは同意です。でも社会人である以上、心構えをすべきなんじゃないかな。ゆとり教育とかもそうだけど、甘やかしてばかりってのは逆に良くないでしょ。私たちは、大人として、毅然と注意することも必要なんじゃないかと」
「それは逆効果だと思う」
「なんで?」
「それだとMさんが傷ついて仕事をしなくなるかもしれない」
「注意されて仕事をしなくなる人間を甘やかすのが正しいことか、よく考えて」
「でも相手のモチベーションを保つのは重要なことじゃない?」
「子供相手にはそうだけど、大人だよ?」
「大人相手であっても上手い叱り方と下手な叱り方があるでしょう」
「叱り方によってヘソを曲げるような相手なら、余計にびしっと言ってやらなくちゃいけないと思う」「それは逆効果だと思う」
「両方わかるけど」
 黙っていた天峰章吾が口を挟み、漁夫の利をとった。
「自分が注意されたときに受け入れられるような心構えをすべきだし、他人のモチベーションを保つような注意の仕方をする心構えもすべき、ってことかな」

 その後の議論は、林と中村の意見の相違を軸に、多少の押し引きをする形で決着した。
 林がまとめた。
「まとめとしては、相手に率直に注意する。でも相手の機嫌をあまり損ねないよう、話も聞いてあげる、ってことだね」
 中村が続いた。
「そうですね。不満を聞いてあげることがやっぱり一番重要。でも相手に知らせてあげることも必要だとわかりました」


 学生たちが出て行った後、寺田がぽつりと呟いた。

「……どうでも良くないか?」


【口頭選評・議事録】

■林忠志
 リーダーとして、活発な議論をすることが重要だという考えのもとに発言しているように見受けられた。(早紀→B+)
 議論を盛り上げようとするのはいいが、それに頭がいきすぎて持論に固執し、他のメンバーを萎縮させていた。(前園→C)
 意見がわかりやすくて良い。(寺田→A)

■中村理恵
 協調性を重視した意見が好印象。人のモチベーションを気にすることができる人材は伸びる。(前園→A)
 意見としては協調性が重要だと発言しているのだが、異なる意見を排斥する傾向が気になる。(早紀→B-)
 他人に寛容な意見が、自分が優しくしてもらいたいという甘えからきていないといいのだが。(寺田→C)

■関口麻美
 潤滑油役は買うが、周りを気にしすぎる。(早紀→B)
 目立たないが空気を和やかにしようと努める縁の下の力持ちタイプ。(前園→B+)
 実のあることを言っていない。(寺田→C)

■天峰章吾
 うまく場をまとめた。(早紀→A 前園→B+ 寺田→A)

■久遠坂和之
 口数は少ないが言っていることは的確。(早紀→A)
 思慮している感はあるが口数が少なくて伝わらない。グループワークが不慣れだと感じる。(前園→B-)
 減点は少ないがよくわからない。(寺田→B-)
 通常面接でもう少し話を聞いてみたい。(早紀)
 異存はなし。(前園)
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