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 自分の仕事は、覗きと何も変わらない。検索窓に見知らぬ相手の氏名を打ち込みながら、早紀はときどきそう思うことがある。

「それでは二本橋さん。学生時代、力を注いでいたことを教えてください」

 隣に座っている前園が言って、顎の下で手を組んだ。
 長机が一つにスツールが四つあるだけの、簡素な面接室だ。スツールは三つが壁際の長机に沿って並び、受験者用のものだけが少し離した部屋の中央に、見世物のように配置されている。
 腰掛けた学生の背は、木の棒のように伸びていた。両手は膝の上に乗せられて、軽く握られている。

「はい。私は一年から三年までの間、大学のボランティアサークルに入っており、老人ホームを対象としたボランティア活動に力を注いできました」
「それは素晴らしいですね」

 前園がにこにこと相槌を打つ。

「その活動の中で、感じたことや、得たこと、成長したことなどがあれば教えてください」
「記憶に残っているのは、去年の三月に区内の老人ホームを訪問したときのことです。ただ会話相手になるだけで、おばあさんがびっくりするくらい喜んでくれました。その笑顔がずっと印象に残っていて、いろいろな老人ホームを回るうちに、人のために何かをしたい、社会貢献をしたいという気持ちが強くなりました。人として成長できたのではないかと思っています」
「そうですか。それは素敵ですね」

 ここ数日、似たり寄ったりな体験談を毎日聞き続けている。それでも前園は、毎回まるでとても興味を持っているかのような素振りで話を聞く。相手の口を滑らかにして話を引き出す技術はさすがだと早紀は思っている。前園がもう二回りほど若くて痩せていてイケメンだったなら、中小企業の人事部長ではなく、ホストをやっていただろう。

 開発部長の寺田は、机の上に置かれた履歴書に視線を落としたまま、顔を上げない。学歴欄と資格欄を流し見し、技術用語を踏まえた質疑を二つぶつけたあとは、まるきり興味を失った様子だった。

「志望動機を教えてください」
「御社は七星グループのグループ会社として、システムサービスを通して広く社会に貢献しておられ、技術力もトップレベルであると認識しています。私は人のために何かをしたいという願望が強く、人の役に立つシステムを作り続ける御社の下でならばそれが叶うと考え、志望致しました」

 面接シートには、新入社員面接におけるチェック項目が並んでいる。チェック項目は多岐に渡っており、第一印象、志望動機、服装、態度、話し方、積極性、協調性、専門性、などの項目が五段階評価で並んでいるほか、『学生時代に得たもの』、『(同業他社ではなく)弊社を志望した理由』などの自由記述欄が配されている。

 寺田がペンを走らせているので、何か特筆すべきところがあったのかと盗み見ると、『うちの社のどこが社会貢献してるんだ?』と落書きをしていた。

 早紀は顔を上げて学生の話に相槌を打ちながら、ノートパソコンに置いた指を、そっと走らせた。
 メモをとるためではない。ネットに繋ぐためだ。面接前の休憩時間に、既にそれらしいサイトは見つけてあった。

 履歴書欄に書かれた学生の名前は、二本橋卓也。『二本橋 卓也』を検索エンジンに打ち込むと、五十七件のヒットがある。類似記事や検索ノイズを除去してまとめると、『二本橋卓也』に関係するサイトは、四つに絞られる。
 一つ目は『二本橋卓也のたくたくブログ』。盆栽が趣味の沖縄在住のおじさんです、と短いプロフィール文がある。記事の文体、言葉の選びも、若者のものではない。次に電子掲示板。この投稿も、沖縄在住の二本橋卓也のものだ。
 三つ目と四つ目のサイトが有力だった。一つは大学合同ボランティアサークルのウェブサイト。メンバー欄に『二本橋卓也』の文字があり、大学名が履歴書と一致している。もう一つは『徒然なる日記』というタイトルのブログだ。プロフィール欄に『二本橋卓也』とあり、記事カテゴリに『就活』という単語が含まれている。

 早紀はブログの上でショートカットキーを叩き、ページ内検索窓を開いた。机に広げた履歴書を確認し、二本橋卓也の出身大学である『立零大学』と打ち込む。ヒットした。ブログ全記事の中で七件合致し、『うちの大学』『母校』といった語と共起している。

 年齢は二十二。出身は千葉県四街道市。出身高校は私立坂上高校。一浪。『四街道』『坂上』『浪人』。次々に打ち込み、履歴書とブログの繋がりをチェックする。

 記事の一つに、プリクラの画像が貼られているのをみつけた。髪を逆立てた金髪の男が、金髪の女と腕を組んで、中指を立てて舌を突き出している。

 早紀はモニタから顔を上げ、背筋を伸ばして座っている学生の顔を窺った。

 間違いない。黒髪で、鼻にピアスもないが、同一人物だ。

「差し支えなければ弊社の志望度をお聞かせ頂けますか」
 前園が言った。

「第一志望です。他の会社は考えておりません。是非とも御社に入社し、皆様と一緒に働きたいと思っております」

 早紀はブログの最新記事を呼び出した。昨日の日付だった。


【明日は七星システムズの一時面接。子会社とかやる気起きねー。適当にエントリーシート書いたし、志望度〇だからなんも調べてない。すっぽかしたいけど仕方なく行ってくる。圧迫面接とかされたらキレるかもw】


 日記を遡った。
 最近の記事は、ほとんどが落ちた会社の悪口か女の話題だ。去年十月の記事では、合同説明会に参加していた各企業の女人事の胸の大きさ推定結果と、誰を犯したいかリスト。同月二十日には説明会に遅刻しそうになって駐輪場から他人の自転車を盗んだことを自慢げに記述。
『ボランティア 老人ホーム』でページ内検索をかけた。ヒットした。


【今日はサークルの活動で老人ホームへ。就活で有利になるって聞いて入ったサークルだが、初めて顔出した。老人ホームは最悪。ジジババくさすぎ話長すぎ。うざいからババアの服にお茶ぶっかけて話切ってやった。そしてかけたの俺なのに謝るババア(笑)
 とっととくたばって若者の負担を軽くしろ老害ども】


 過去は嘘をつけない。ネットを漂う記憶は消えない。表で繕うのが上手くても、ネットで無防備な人間は意外なほど多い。細いケーブルの向こうにいる百億の人間をリアルに感じることは困難だ。
 表の面接だけでは弾けない人間性を濾過するのが早紀の仕事だった。

 早紀は面接シートの自由記述欄にサイトのアドレスを引き写し、下に大きな×を書いた。ブログの記事をいくつかピックアップして保存する。カチリと音を立ててノートパソコンを閉じた。
 前園が時計を確認し、締めにかかった。

「それでは本日の面接はこれで終了です。結果は一週間以内にメールで通知します」
「ありがとうございました! 是非ともよろしくお願い致します!」

 二本橋卓也は朗らかな声でそう言うと、ドアの前で「失礼します!」と元気いっぱいなお辞儀を一つし、面接室を出ていった。
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