文字数 2,496文字

「申し訳ありませんでした!」

 やりなおし面接は、謝罪から始まった。関係者全員――早紀、前園、寺田に、何故か雄大まで巻き込み、全員で深々と頭を下げた。
 本社の指示は、今回の件について学生に謝罪をしてはならないというものだった。曰く、ブログの記述は公開されたものであるため、選考材料にすることに一切の問題はなく、その当人確認について百パーセントの確証を得ることは事実上不可能であるため、会社にそこまでの義務はなく、近年のウェブ上における炎上による風評被害の危険性を鑑みると――

(ぶっちゃけうざい)
 前園は届いたFAXを破り捨てた。
(ミスを認めて謝罪もできない人間が人事なんて務めてたら、会社は傾きます。本社の連中のことなんか聞いちゃいけません)

 前園の判断は正しいと早紀は思った。企業が不祥事からネット上で炎上するケースは、ほとんどが隠蔽に走ったときだ。揉み消そうとするほど、ネットの住人は燃えてしまって、叩きに走る傾向がある。
 寺田は、きっぱりと言う前園を見て、あれはあとで後悔する顔だぜ――と笑ったが、反対はしなかった。(頭下げるとか久しぶりだなあ)

 和之は皆から頭を下げられ、目を白黒させた。
 狼狽した様子で、いいんですよ、全然気にしてません――と言いかけ、いや、と思い直した様子で付け足した。

「ほんとは、ちょっといらっとしてたんです。でも、こんな風に謝ってもらえるなんて思ってなかったから、ほんと、全然気にならないです。むしろ志望度上がりました。だって、大人になったら、謝るのが簡単にできることじゃなくなることくらい、僕だってわかりますから」

 ちょっと失礼な言い方ですかね、と恐縮する和之は、面接のときよりもずっと大人びているように映った。

「天峰の野郎は、どうしたんだ?」
「ま、大目玉くらいで済んだようですよ」
 寺田の問いに、雄大が答えた。
「実質的な被害はなかったし、早紀さんにあんな挑発されたら、まあカッとくるのも仕方ないってことらしいです。脅迫罪で引くかどうか訊かれたけど、大事にしないでくれって言っておきました。話を聞いてると、天峰も、根っから悪い奴ではないんですよね」
「あいつが?」
「ほら、二本橋卓也が入っていたボランティアサークルあったでしょう? 天峰、あのサークルの開設者なんですよ。自ら開設するくらいだから、他のメンバーに比べ、活動もずっと精力的にやっていた。二本橋と違って、天峰は純粋な動機でサークル活動をやっていたわけですね。ところが、どうも面接の方が苦手だった。就活は上手くいかずに全滅の様相。対して、サークルを適当に利用していた二本橋の方は、内定を沢山持っていた」

 就活ノイローゼ気味になった章吾は、二本橋のブログを見ながら嘆いたそうだ。何故こんな奴が内定をとれて自分はとれないのか。
 そして思う。結局、社会は人間の表面しか見ようとしないものなのだと。

(面接で喋るためだけにボランティアサークルに入ってるような人も、中にはいますから。そんな風に思われたくないので、あまり語りたくなかったんです)

 面接のときに章吾が語った言葉を、早紀は思い出した。あれは章吾の本心だったのだろう。

「天峰は、サークルのウェブサイトも管理していた。アクセス解析で『二本橋卓也』の名前検索で、うちの会社からサイトへ接続があったことを知ったんです。その直後に二本橋が落ちる。それで天峰は、うちの会社が、新入社員選考にネットを使っていると確信した。これは使えると思い、表の面接より、裏の面接に集中することにした」

 表面しか見ようとしない社会に、本心を見せる必要はない。適当に顔を使い分けて、嘘を信じ込ませても良心は痛まない。
 章吾もまた、そういう結論に達していったのだ。多くの若者たちのように。

「久遠坂くんの偽ブログを作ったのは、ライバル減らしのためだったそうです。同じ大学で同じ職種を同じタームに受ける受験者なので、枠を計算したんでしょうね。よく考えてみれば、そう易々とブログを特定できたのがおかしいんですよ。個人が特定できるのは二割程度だってことなのに。天峰が、特定できるように作ってたってわけです」
「それにしても」
 寺田が首を捻った。
「どうしてアクセス解析にうちからの通信記録が残ったんだ? 早紀ちゃんはちゃんと予防してたんだろ?」
「ああ、それは、僕が一度、飲み屋から社内ネット経由で接続したときの足跡をとられたらしい。早紀さんが飲み屋で二本橋のことを愚痴っていたときですね。あはは」
「あははじゃねえ。おまえのせいか。ていうかおまえ、情報資産を無断で社外に持ち出したのか」

 隅に呼びつけられ、寺田にこってりとしぼられる雄大は放っておいて、面接を始めることにした。
 早紀はノートパソコンの蓋を閉じ、和之の目を見た。結局、前回の面接で、早紀は何一つ和之のことを見ていなかったのだから。今度こそ、人を見たいと思った。

 和之は、以前よりずっと自然体の様子で受け答えした。
 いや、和之は変わっていないのかもしれない。ネットで、テレビで、人の裏の姿ばかりを覗き見ていたから、早紀が自分で彼らのいいところを見れなくなっていただけなのかもしれない。
 休憩時間に、前園がふっと呟いた。

(我々は人の表面を見ていてはいけない。けれど裏を覗くのではない。人の奥にあるものを見通さないといけないのでしょうね)


「それでは最後に、志望動機を教えてください」
「御社は七星グループの一員として、システム業界の――」

 和之は言いかけ、ふ、と笑って止めた。
 悪戯っぽい顔をして、こう言った。

「横上早紀さんがいるからです」

 椅子から転げ落ちる音が響いた。見ると、雄大が床に転がって口を引き攣らせている。
 寺田と前園は顔を見合わせ、笑いを抑えるのに苦労している様子だ。

 早紀は吐息をついた。雄大が立ち上がり、落ちちまえーと叫ぶ声が響く。窓の向こうは桜が色づいている。

 春は新入社員の季節である。
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