11-1 わたし
文字数 1,340文字
〈早紀さん、今何処にいますか?〉
事情を告げると、雄大は受話器の向こうから噛みつきそうな声を出した。
「まだ会社」
〈周りに人は?〉
言われてはじめて、フロアに誰も残っていないことに気付いた。
〈自宅に帰った方がいいと思います。もう少ししたらそっちまで行きますから、一緒に帰りましょう〉
「殺人予告なんて、ほとんどは実害ないって言ったじゃない」
〈でも、万一ということもありますから〉
私の不安に気づいたのか、雄大は声のトーンを落とした。
〈念のためです。奴も悪ノリしているだけだとは思います。警察が動いているならすぐに捕まります。ただ、それまでは気をつけて〉
私を安心させるのが自分の職務だというように、付け加えた。〈大丈夫ですから〉
殺人予告なんかより、その一言の方が強かった。ありがとうと言って私は電話を切った。
パソコンを見やると、モニタにはまだ書き込みが表示されていた。
恐怖心は薄らいで、代わりに悔しさがこみあげてきた。
メール作成画面を開くと、久遠坂のアドレスを打ち込んだ。不合格用の文章をコピーし、本文に貼り付けて編集した。
【久遠坂和之 様。今回は弊社の入社面接をお受け頂き、まことにありがとうございました。慎重に討議を重ねました結果、今回は、久遠坂 様のご希望に添えかねる結果となりましたことをお知らせ致します。】
追伸、と続け、キーを打ち込む。
【面接評価裏クチコミサイトでの書き込みを拝見致しました。通報も済んでおりますので、まもなく久遠坂様のもとへ警察が伺われるかと思います。
今後の 久遠坂 様の益々のご活躍をお祈りしております。】
少し躊躇したが、叩くようにマウスをクリックした。瞬く間に送信が完了する。
警察が動いているとわかれば、滅多な行動にも出ないだろう。あとは警察がなんとかしてくれる。
もう、どんなことを書きこまれようが構わない。見たくもない。
ブラウザを閉じようと手を伸ばした。
と、デスクががたがたと鳴りはじめた。
私はマウスに手を伸ばしたまま、机の上で震えるPHSをみつめた。
液晶画面に「外線」という文字と番号が表示されている。会社支給のPHS番号は、問い合わせ対応用として受験者に公開していた。
いやな予感がした。
デスクの上に、履歴書を閉じたファイルが置いてある。一番上から久遠坂の履歴書を取り出し、携帯番号の欄を確認した。それからもう一度、PHSの液晶に目をやった。
久遠坂の番号だ。
鳴るままに放置しておくと、やがて止まった。
しばらく、液晶をみつめたままPHSを握り締めていた。
と、パソコンのスピーカーが、ピコン、と電子音を発した。
モニタにポップアップが上がっている。新着メールだ。
差出人は【久遠坂和之】。
ひたひたと何かが歩み寄る足音を聞いた気がした。
またPHSが震えはじめた。久遠坂の番号だ。
自分で自分の身体を抱くと鳥肌が立っているのがわかった。PHSに手を伸ばす。着信ボタンにかけた指を押し込む勇気が湧かない。
負けてたまるか。こんな奴に、世の中を舐められたままでいてたまるか。
思い切って押しこんだ。
事情を告げると、雄大は受話器の向こうから噛みつきそうな声を出した。
「まだ会社」
〈周りに人は?〉
言われてはじめて、フロアに誰も残っていないことに気付いた。
〈自宅に帰った方がいいと思います。もう少ししたらそっちまで行きますから、一緒に帰りましょう〉
「殺人予告なんて、ほとんどは実害ないって言ったじゃない」
〈でも、万一ということもありますから〉
私の不安に気づいたのか、雄大は声のトーンを落とした。
〈念のためです。奴も悪ノリしているだけだとは思います。警察が動いているならすぐに捕まります。ただ、それまでは気をつけて〉
私を安心させるのが自分の職務だというように、付け加えた。〈大丈夫ですから〉
殺人予告なんかより、その一言の方が強かった。ありがとうと言って私は電話を切った。
パソコンを見やると、モニタにはまだ書き込みが表示されていた。
恐怖心は薄らいで、代わりに悔しさがこみあげてきた。
メール作成画面を開くと、久遠坂のアドレスを打ち込んだ。不合格用の文章をコピーし、本文に貼り付けて編集した。
【久遠坂和之 様。今回は弊社の入社面接をお受け頂き、まことにありがとうございました。慎重に討議を重ねました結果、今回は、久遠坂 様のご希望に添えかねる結果となりましたことをお知らせ致します。】
追伸、と続け、キーを打ち込む。
【面接評価裏クチコミサイトでの書き込みを拝見致しました。通報も済んでおりますので、まもなく久遠坂様のもとへ警察が伺われるかと思います。
今後の 久遠坂 様の益々のご活躍をお祈りしております。】
少し躊躇したが、叩くようにマウスをクリックした。瞬く間に送信が完了する。
警察が動いているとわかれば、滅多な行動にも出ないだろう。あとは警察がなんとかしてくれる。
もう、どんなことを書きこまれようが構わない。見たくもない。
ブラウザを閉じようと手を伸ばした。
と、デスクががたがたと鳴りはじめた。
私はマウスに手を伸ばしたまま、机の上で震えるPHSをみつめた。
液晶画面に「外線」という文字と番号が表示されている。会社支給のPHS番号は、問い合わせ対応用として受験者に公開していた。
いやな予感がした。
デスクの上に、履歴書を閉じたファイルが置いてある。一番上から久遠坂の履歴書を取り出し、携帯番号の欄を確認した。それからもう一度、PHSの液晶に目をやった。
久遠坂の番号だ。
鳴るままに放置しておくと、やがて止まった。
しばらく、液晶をみつめたままPHSを握り締めていた。
と、パソコンのスピーカーが、ピコン、と電子音を発した。
モニタにポップアップが上がっている。新着メールだ。
差出人は【久遠坂和之】。
ひたひたと何かが歩み寄る足音を聞いた気がした。
またPHSが震えはじめた。久遠坂の番号だ。
自分で自分の身体を抱くと鳥肌が立っているのがわかった。PHSに手を伸ばす。着信ボタンにかけた指を押し込む勇気が湧かない。
負けてたまるか。こんな奴に、世の中を舐められたままでいてたまるか。
思い切って押しこんだ。