I - 1

文字数 1,562文字

窓から冷たく差し込む青白い月光が、眼の前の彼女を照らしている。首筋から背中にかけて薄っすらと浮き出た骨の線をなぞるように、軽く汗ばんだ体がそれを反射して、暗いこの部屋の中で、より一層彼女の存在は浮き立ち、神秘的なまでに美しく見せている。ベッドの上で静かに窓の外を見つめている彼女の姿に私はただ見惚れていた。

「この前の作品はとても評価されよ。今回のコンクールでは賞が取れそうだ」

彼女はシーツを胸の前で抑えたまま、こちらを向いた。私は青紫に輝く眼につい引き込まれそうになる。彼女は優しく微笑んだ。

「それは良かったわね」

彼女は近づいてきて、私の頬を優しく撫でた。

「でも、わたしは何もしていないわ。それはただあなたの力なのよ」

「そんなことはないさ。旋律の一つ一つも、広がる響きのイメージも、作品が描く世界観も、全てが君からのインスピレーションを受けているんだ。全く見るところの無い作曲家だった私を、君との出会いが変えたんだよ」

「全く大げさね」

「本心だよ」

その言葉に偽りはない。私は彼女に微笑み返した。

「わたしはただの娼婦よ。お金をもらってセックスをするだけ」

彼女は這うようにして私の胸元にすり寄ってくる。彼女を見ていると込み上げるこの感情は、庇護欲なのか、むしろ包容されたいという気持ちなのか、未だにその区別はついていないが、それが何であれ、その魅力は出会った初めての夜から変わらない。

今夜こそは彼女に伝えなければならないことがある。

「それは関係ないさ。ただ、君に惹かれているんだ」

「わたしにとってもあなたは特別な人よ。娼館から追い出されて貧しい私娼になったわたしを支えてくれたのは、深い夜の底から引き上げてくれたのは、紛れもなくあなただから」

「それこそ君の力だろう。出会ったのが私でなくても、きっと君はうまくやっていたさ。君はなんだって素敵な人だから」

彼女の透き通った瞳を見つめる。

「それって、セックスが上手いってこと?」

彼女は上目遣いで冗談めかす。

「そういうことじゃないさ。もちろんそれもあるけれどね。言葉にするのは難しいんだけど、君には深く掴んで離さないような魅力があるんだ。静かで慎ましいながら、その輝きに目を奪われる月のような」

「あら、そんなに褒めなくて結構よ」

「どれも本心さ。それで実は大事な話があるんだが」

大事な話。その言葉に何かを感じ取ったのか、私の目を見ながら彼女は黙っている。

「私と結婚しよう」

その言葉を聞いた彼女は少し固まった後、ゆっくりとベッドから降りて、肩から掛けた薄いシーツに身をくるみながら窓の前に立ち、見上げるように外を眺めた。私はその間、湧き上がる不安に堪えながら、何も言わずに彼女が話し始めるのを待った。

「Τζοάο誰εια αςο花ιν καο ςο匂γαετ夢άハντδε τ蝶ακηίοθ」

彼女の口からいつもの小さな歌のような囁きが溢れ、そして、しばらくしてから彼女は私の方を向いて、何かを心に決めたような面持ちで切り出した。その表情はいつもの彼女とは違っているように見えた。

「あなたの気持ちはとても嬉しいわ。

でも、その前にあなたに話していない大事な話があるの。もしこの話を聞いても、あなたの気持ちが変わらなければ、喜んで結婚するわ」

これまで彼女は自分自身のことをあまり話してこなかった。

1年ほど前、通りのベンチで薄汚れた身なりで疲弊した様子で俯いていた彼女に声をかけて始まったこの関係は、外から見れば娼婦と客という至極ありふれたものなのであろうが、私にとってはそれ以上のものであった。

そしてその関係は今夜一つの区切りを迎えることだろう。それが進むのであれ、戻るのであれ、新しい物語が動き出すことになる。

「一体どんな話なんだい」

彼女は再び窓の外を眺める。

「それはわたしがいつも見る夢のこと」
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