I - 6
文字数 1,245文字
夜更け近く街が静まり始める頃、音楽院から帰った私は背広を脱ぎ、部屋着に着替えながら、今がそのタイミングだと、ベッドに入るところだった彼女に声をかけた。
「南の田舎の方に、以前叔母が住んでいた家があるんだ。別に何もあるわけじゃないけど、のどかでいいところなんだ。今度行かないか」
「いいわよ。そこまでは、どうやっていくの?」
彼女の反応は良かった。
「鉄道と馬車で半日くらいかな。そんなに遠くはないよ」
「旅行みたいでいいわね。いつでもあなたの都合に合わせるわ。これまでもよく行っていたのかしら」
そう彼女に尋ねれられ、ふと爽やかな日々が思い出される。
「小さい頃から時々夏に行っていたんだ。自然が豊かで、ラベンダーが沢山咲いていて、いろんな蝶が見つかるんだ。蝶が好きになったのはこの時の影響だね。そこの壁の標本箱にかけているのも、以前に行ったときにとってきたやつなんだ。町の喧騒から離れるにはいい場所だよ」
着替え終えた私は、寝るための支度を終えて、ベッドに入る。
「自然豊かな田舎なんてしばらくだから、楽しみだわ。でも、なにかあったの。いつもあまり外に出ずにピアノの前に張り付いているのに。έρテμααθ偽Τ.σιει。自分から外に出かけようなんて珍しいわ」
隣の彼女の青紫の目が私を捉えている。彼女は鋭い。確かに作曲に演奏に、朝から夜まで音楽院の研究室に籠もっているから、自分から演奏と関係ない外出を言い出すのは少々不思議に思われるのかもしれない。しかし特にやましいことがあるわけでも無いから、正直に理由を話す。
「実を言うと今作ろうとしている曲に行き詰まっているところがあって、気分転換をしたいと思ったんだ。私にとってはインスピレーションが大事だから、普段と違うことから刺激を得たいんだ」
「あら、新進気鋭の音楽家さんでも行き詰まるなんてことがあるのね」
私の顔を下から覗き込むような彼女はいたずらっ気な表情だ。揺れ動く髪の毛。
「からかうなよ」
結婚してからの彼女は、娼婦と客だった頃の彼女とは少し違って感じられた。
もともと冗談や皮肉、知的な会話を好んだが、以前はもっと氷に光を当てて照らしたような冷たい煌めきが感じられた。そこには神々しささえあり、それはある種の遠さだとも言えた。
そういった冷たさは今の彼女からはあまり感じられなくなり、時々出るほころんだ表情には、これまでに見られなかった彼女自身の感情が見える。それはこれまで奥底に隠されていた温かさなのだろう。
隣の彼女の姿を見つめる。ぼやけた部屋の明かりを映して曖昧に揺らめくビー玉のような彼女の青紫色の目、ゆるく弧を巻いた栗色の髪、その存在を優しく主張するような華奢な体。その彼女はこれまでと違った形で、愛する妻として今私と一緒にある。
「何でじっと見てるの。γνサάέρα望ει ψα不νεΤδ ιπτέ」
そういって俯く彼女は恥じらっているように見え、一層彼女のことが愛おしく思えた。
「そうしたら、今度の週末に行こうか」
私は彼女を引き寄せて、口づけをした。
「南の田舎の方に、以前叔母が住んでいた家があるんだ。別に何もあるわけじゃないけど、のどかでいいところなんだ。今度行かないか」
「いいわよ。そこまでは、どうやっていくの?」
彼女の反応は良かった。
「鉄道と馬車で半日くらいかな。そんなに遠くはないよ」
「旅行みたいでいいわね。いつでもあなたの都合に合わせるわ。これまでもよく行っていたのかしら」
そう彼女に尋ねれられ、ふと爽やかな日々が思い出される。
「小さい頃から時々夏に行っていたんだ。自然が豊かで、ラベンダーが沢山咲いていて、いろんな蝶が見つかるんだ。蝶が好きになったのはこの時の影響だね。そこの壁の標本箱にかけているのも、以前に行ったときにとってきたやつなんだ。町の喧騒から離れるにはいい場所だよ」
着替え終えた私は、寝るための支度を終えて、ベッドに入る。
「自然豊かな田舎なんてしばらくだから、楽しみだわ。でも、なにかあったの。いつもあまり外に出ずにピアノの前に張り付いているのに。έρテμααθ偽Τ.σιει。自分から外に出かけようなんて珍しいわ」
隣の彼女の青紫の目が私を捉えている。彼女は鋭い。確かに作曲に演奏に、朝から夜まで音楽院の研究室に籠もっているから、自分から演奏と関係ない外出を言い出すのは少々不思議に思われるのかもしれない。しかし特にやましいことがあるわけでも無いから、正直に理由を話す。
「実を言うと今作ろうとしている曲に行き詰まっているところがあって、気分転換をしたいと思ったんだ。私にとってはインスピレーションが大事だから、普段と違うことから刺激を得たいんだ」
「あら、新進気鋭の音楽家さんでも行き詰まるなんてことがあるのね」
私の顔を下から覗き込むような彼女はいたずらっ気な表情だ。揺れ動く髪の毛。
「からかうなよ」
結婚してからの彼女は、娼婦と客だった頃の彼女とは少し違って感じられた。
もともと冗談や皮肉、知的な会話を好んだが、以前はもっと氷に光を当てて照らしたような冷たい煌めきが感じられた。そこには神々しささえあり、それはある種の遠さだとも言えた。
そういった冷たさは今の彼女からはあまり感じられなくなり、時々出るほころんだ表情には、これまでに見られなかった彼女自身の感情が見える。それはこれまで奥底に隠されていた温かさなのだろう。
隣の彼女の姿を見つめる。ぼやけた部屋の明かりを映して曖昧に揺らめくビー玉のような彼女の青紫色の目、ゆるく弧を巻いた栗色の髪、その存在を優しく主張するような華奢な体。その彼女はこれまでと違った形で、愛する妻として今私と一緒にある。
「何でじっと見てるの。γνサάέρα望ει ψα不νεΤδ ιπτέ」
そういって俯く彼女は恥じらっているように見え、一層彼女のことが愛おしく思えた。
「そうしたら、今度の週末に行こうか」
私は彼女を引き寄せて、口づけをした。