I - 30

文字数 910文字

彼はわたしの目を見て、黙って話を聞いていた。彼なら理解してくれるなんて言うことは今はもう出来ない。しかし、もう薬の効き目も切れて、頭も冴え始めている頃だろうが、彼はこの状況に動じずに、ただわたしに向き合おうとしてくれているのだと感じた。わたしは言葉を続ける。

「わたしであることが、あなたと一緒になりたいわたしが、あなたと一緒になれない原因なの。

同語反復的で本当に理不尽だけど、それが原因なら、わたしをやめるしかない。

前に『ロミオとジュリエット』について話した時、あなたは言ったわよね。自殺とは孤独の象徴であり、その証明なんだって。わたしをやめるために自殺をしても意味はない。それは敗北だわ。

だからといって、心中したって仕方がないの。あなたとわたしが ”概念的に”心中しなければ、結局のところ一緒には成れない。

でも、一つだけ。決して結ばれないあなたとわたしが一緒になれる場所があるわ。

それは他人の中よ。

あなたとわたしという夢と現実を、当事者であるわたしたちの ”外” から眺めて貰えばいいのよ。

わたしとあなたで二人の物語になる。その物語が誰かに読まれる。その時、わたしたちはその物語の中で、それを外から眺める他人の中で、初めて同じ場所に立てるのよ。

その物語では、あなたにとってわたしは不可欠で、わたしにとってあなたが欠かせない。だってそれはわたしとあなたの物語なのだから。わたしとあなたは必然的な関係で結び付けられる。

もう愛を求める必要なんてない。半身が欠けていることに不安になることもない。わたしとあなたがいない『わたしとあなたの物語』なんてあり得ない。そこでは、わたしが居ないあなたはあり得ないし、あなたが居ないわたしはあり得ないの。お互いが、お互いにとっての本質になるのよ。あなたとわたしは一つになれる。

それは一方的に搾取されたロミオとジュリエットとは違う。わたしたちはあの二人とは違うの。むしろ、わたしたちの方が読む人たちの存在を利用しているのよ。

結局『ロミオとジュリエット』と同じだという批判こそが、わたしたちの物語が確かに読まれたことを、わたしたちが一緒になれたことを、その愛が成立したことを強く裏付けるのよ」
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