I - 31

文字数 822文字

そう強く話す彼女の表情は、思弁的な言葉とは裏腹に、とても弱々しく感情的だった。それらは一致していなかった。矛盾していた。

彼女の語り口は、私に説くのではなく、今自身がしようとしていることには確かに意味があるのだということを、自分に必死に言い聞かせているように思われた。自身を捉えて離さないこの現実の檻から、少しでも安らぎを求めて、絞り出すように、縋り付くように得た答えなのかもしれない。

医者は言った。観念的な問題とは、現実的な問題の取り違えなのだと。

彼女は観念的に自身を肯定できない。なぜなら、それは肯定しようとすれば、自身の背中を”後ろから”抱きしめようとするような自己矛盾を抱えることになり、常に背理となってしまうから。

同じように、私は彼女を肯定できない。なぜなら、彼女を肯定するという行為こそが、彼女と私の距離感の影であり、彼女がその内に抱えている孤独そのものの証明だからである。

肯定する時も、肯定される時も、彼女は孤独に鏡の前に立ち、ただそこには”わたし”しか居ないことを悟る。”わたし”の語る全ても、”わたし”に語られる全ても、その言葉全てが鏡となって、ただ”わたし”を映し出す。

「わたしとあなたの物語は、あなたが言うような Noctuelles になれば良いんだわ。

それは、蝶でも無い、蛾でも無い。でも、きっと誰かに読まれている間は、わたしとあなたに分かれてしまうでしょう。それが語られた言葉が読まれるということ。

でも大丈夫。きっとそれでも彼らの中で私たちは同じ場所に、虚像と実像は綺麗な対称を描きながら同じ地平に立っていることでしょう。そして最後にはまた一つになる。彼らはわたしたちを隔てている鏡を超えて、それを見届けてくれるのよ」

彼女は私の体に身を寄せてきた。彼女は私の胸元に潜り込み、顔を上げずに体を震わせるように泣いていた。私は何も言わずに全てを飲み込んで、彼女を包むように優しく抱き寄せた。それくらいは許されてもいいだろう。
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