I - 7

文字数 4,093文字

瞼を通り抜けてくるような眩しさを感じ、目を覚ます。重くなった体を転がすように、ベッドの横に目を向けると、そこに彼はもういなかった。いつも通りの朝だった。

まだ霧がかったように冴えない頭の中に注意を払う。この暮らしに似つかわしくない出来事のイメージが浮き上がってくる。それが”このわたし”の経験であるのかどうかは、相対的に判断せざるを得ない。

こちらの身体に馴染まない、そして、この世界になじまない記憶。それが月での出来事の記憶なのだと”このわたし”は判断をする。しかし、詰まるところ、そこに絶対的な根拠は無い。

このわたしが知らないこと、いやそれは確かに知っているのだが、”このわたし”が知っている”はずがない”、この世界にある“はずがない”、ということを根拠にして、向こうの記憶としてみなすほかない。

もし仮に、月のわたしとこのわたしが全く同じ情景を目にしたとき、一体その記憶をどちらのものと見なせるのだろうか。それは二つの記憶になるのか、それとも重なって一つの記憶になるのか、それは分からない。

天井に向かって左手を伸ばすと、薬指に嵌められた指輪の光沢がその存在を主張していた。

ベッドから出たわたしはコップ一杯の水を飲んでから、本棚の横に置かれた机に向かう。筆記具を手に取り、9と背表紙に書かれた手帳を開く。

わたしは目を閉じて、自身の記憶に意識を向ける。月での記憶の探索について、連想式の方法が結局のところ最も網羅的という結論に至っている。記憶の保管というものは、時空間を参照した番地のように秩序だって記録されている訳では無い。無機質な任意の番地を指定して、そこにある記憶を取り出すようなことは出来ない。全ては概念・出来事の連関によって有機的に紐付けられている。だから番地の代わりとなる、とっかかり、が大事なのだ。

昨日のことを思い出そうとしても、昨日という箱に綺麗に纏められて記憶が収まっている訳では無い。同じように、夢のことを思い出そうと思っても、向こうのことを思い出そうと思っても、夢という箱の中に綺麗にそこでの記憶がまとまって収められているわけではない。

まずは記憶の連鎖の取っ掛かりを掴む。そして、ある一つの出来事を起点として、それに紐づく幾つかの記憶が得られる。そのようにして、全ての記憶を網羅的に探るのは、膨大な労力になるけれど、そもそもどうでも良いことというのは、初めから壇上には昇ってこないものである。だから、わたしは向こうから昇ってきたものだけを掴む。

出来事としての記憶はこの要領で掴むことが出来る。しかし、二つの世界に共通する概念などの意味記憶自体については、どちらの所有物であるのか区別することは、ほぼ不可能に近く、もう諦めざるを得ないのだが。

二つの世界に共通する一般的な概念については特段問題ないが、特に未来的な概念は注意が必要だ。一方の世界における概念自体の不在と、そして言い表す言語の不在が、外から見ると異質で異常な発話を産んでしまうからだ。その言葉が、どちらも自分の理解と一致している、というよりも、”その言葉こそが私の理解そのもの”である私にとっては、自分で中々気が付けないことである。

まず手始めにわたしは手帳に記載した、一昨日の出来事をとっかかりに潜り始めた。そして、いつものように、昨日の出来事を書きつけていく。この日課は続いて長い。

> 万博前の国連代表団との会談、政務官との打ち合わせ

戦後からついに月での万博開幕まで漕ぎ着けた。毎日公務で忙しいけれど、この仕事は月でも地球でも語り継がれていくことになるでしょう。自分に務まるはずがないと泣き言を言って、この前まで不安で押しつぶされそうだったのに。結局どうにかなったわね。わたしはわたし自身を過小評価しがちなのかもね。

この年齢で女王に即位して国を背負うなんて、普通は出来ることではない。そのことをもっと誇ってもいいのかもしれない。少なくとも、いくら同じ記憶を持ったわたしだとはいえ、深い闇で生きてきただけの、こちらのわたしなんかには出来ないでしょうね。

次に浮かんできたのは、整った装いの優しい顔の男。内から湧いてくるような暖かな感情、頬に感じる熱、高く早くなる心音。きっと彼もわたしのことが好き。わたしを見る時の、この目は間違いない。多くの男を見てきた”このわたし”には分かる。もちろん、彼は女王と地球からの外交官という立場の違いを弁えているけれど。

全くこの気持ちにはどう決着がつけられるのだろう。こちらでは人妻の身でありながら、あちらではまた別の男に惹かれているということを後ろめたく思う。こればかりは少々事情が複雑だ。

こちらでも、あちらでも、本来同一で同じ「わたし」だけれど、生きている環境が違う。同じ人間も、違う状況に置かれれば当然違うように決断・行動する。違う世界に生きているから、違うように生きているだけなのだ。

わたしは目覚めと共に、夢での決断を後から知る。そしていつもその決断に納得する。予定された事後承諾だとも言える。それはこのわたしが考えることと相違がないだからだ。

彼のキャリア、地球と月との平和的な関係性への貢献を考えれば、周囲にも納得してもらえると思うけど。月と地球を結ぶ和平の象徴にも成り得るだろう。でも、女王には女王としての気負いがある。国の幸せと個人の幸せ、それを天秤にかけてしまうのは、いかにも向こうでのわたしらしい。

自分の幸せだけを考えることの気楽さ、それをこのわたしが、あちらのわたしの分も代わりに味合わって、夢で釣り合いを取っている訳だけど。ここでの世俗的な暮らしも、むこうの高貴な身分での生活からの良い息抜きになっているのかしらね。夢と現実のいがみ合いをやめて、どちらも同じ一つのわたしなのだと認めたのは正解だったのでしょう。

> 気負いすぎないこと

その後もわたしは、昨晩の夢での出来事を手帳に書いていった。月と地球の和平が結ばれてから30年、未だに人々の間に精神的なしこりは残っているが、表面上の静寂は保たれていた。

十分ほどして、大体の出来事を書き留めた。頭の中には未知の記憶が見当たらなくなり、そろそろ今日の分を終わりにしようと思ったところで、ふと未確認の像が湧いた気がした。そこに注意を向けると、わたしが手帳を取り出して何かを書いていた。そこに書き連ねている文字がはっきりしてくる。

> > 明日、地球側の首相と会談。不安。

わたしはこめかみに鈍い目眩を感じた。この記憶は幾重にも重なりブレているように思われる。そっと前のページを捲り、昨日に書いた分の冒頭の一文を見返した。

> 明日、地球側の首相と会談。不安。

やはり、この記憶はまずい。夢と現実の螺旋は内に廻っている。これは確かにわたしの記憶だが、月のわたしが見た夢、つまり向こうの私から見た”昨日”の”このわたし”の記憶。

すぐにこの記憶を頭から離そうと、全く別のことを考えようとする。このわたしが食べたもの、このわたしが読んだ本、このわたしが見た旦那の顔、このわたしの薬指にはめた指輪。

逸る動悸の中で、わたしの頭を外に向かって廻そうとする。

この手の記憶を深く覗くことはずっと避けている。気がついた瞬間に反射的に忘れようとしている。それはただ怖くて目をそむけているのだとも言える。

それはわたし自身の根源に関わることだと直感している。

わたしは月世界でのわたしを夢に見る。その月のわたしは夢でこのわたしになる。だから、わたしは月のわたしを経由して、月のわたしが見たこのわたしという夢を見ることが出来る。少なくとも今自分が理解している仕組みの上では。

しかし、それは夢を経由するまでもなく、つまり月のわたしの夢の記憶ではなく、単に”このわたし”の記憶そのものなのではないか。

この夢と現実の関係性は、円環を描いているのか、螺旋を結ぶのか、はたまた自己言及的なのか、多層的なのか、結局のところは分からない。

このわたしが月のわたしの夢を覗くとき、わたしは先に進んでいるのか、それとも戻ってきたのか。わたしは、わたしによく似た誰かの背中を見ているのか、それともわたしは自分自身の背中を見ていたことに気がつくのだろうか。

二つの世界のわたしが共有する記憶の中にある、この関係性の歪みの正体が明らかになることで、この夢について決定的な洞察を得ることができるだろうが、それと同時にこの不安定な足場を崩しさってしまい、二度と同じ場所には帰ってくることができないだろうと思っている。

その深淵を覗こうとして、過去にあんな失敗をしてしまっては、自分の意志で再びその扉を開く勇気も動機も、今のところは持ち得ない。わたしは息が落ち着きつつあることを自覚する。

畢竟このわたしに出来ることは、毎日この手帳をつけ続けるほかない。一体何が夢で起きて、何が現実に起きたことなのか、このわたしは何を知っていて、月のわたしは何を知っているべきなのか、その記憶の縁を書き残し、二つのわたしを結びつけ合うしかない。

最後にいつもの通りに白黒の盤を連想し、向こうの最新の手を手繰り寄せる。Ka8。そうだろう、当然そうだろうと欄外に記す。いつも通りのステイルメイト。

小さい頃、一緒にやる相手もおらず、孤独に白と黒の駒を動かしていたチェス。この習慣から思いついたほんの戯れ。こちらの私が打ち、その手を受けて、あちらの私が次の手を打つ。それを棋譜として書き記す。お互いに手の内を文字通り”完全に”知り尽くした白と黒が、茶番のように盤上でじゃれ合う。

程々に駒をじゃれ合わせた後、駒が減ったところで面白くなくなるので引き分けて、再びゼロからゲームを仕切り直す。毎回それの繰り返し。どちらか好きな方を勝たせることは、思い通りに出来るけれど、白黒相互の動きを完全に掌握した状態で、対称であるはずの白黒どちらか片方に肩入れして勝利を与え、もう一方に敗北を味合わせるというのは、あまり気が進まないのだ。

Qa5と書いて、わたしは手帳を閉じる。手番終了。砂時計を返す。
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