第28話

文字数 2,725文字

 初めての試みである犬から人への記憶転送に成功して少し興奮気味の青木を残し、医院を出た伊達は自宅に戻る為に自動運転タクシーを拾った。

 入院中は見ないようにしていたニュースが座席に備え付けの画面に映し出され、何気なく目をやると光明園の片瀬園長の顔写真とその下に「SNSが大炎上!」というテロップが表示された。

 アナウンサーの声が聞こえなかったので何についての報道なのか判らず、慌ててボリュームを上げたがニュースはそこで終わってしまい丁度その時、タクシーが自宅に到着した。

 急いでタクシーを降りた伊達は自宅に戻るや否やノートパソコンを引っ張り出し、「光明園SNS大炎上」で検索してみる。

 検索結果の一番上にあった、「光明園の園長がSNSで誹謗中傷の嵐」というリンクへ飛ぶと麻理が飛び降り自殺をした事について責任を追及する為の掲示板みたいなものを表示した。
 その内容を読んでみると事実に基づいたものは何もなく、「片瀬園長は自分が子供の頃に受けていた虐待を園で行っている」などという勝手な妄想によって書き込まれたものばかりだった。

 そして麻理の妊娠に気が付かなかった片瀬のことを「園長でいる資格がない」と責めるだけでは飽き足らず、「高給を取っている割に園の事は何もしない金の亡者」などと書いて悪人に仕立てていた。
「片瀬はこの世で存在価値ゼロ!」、「入園者のために光明園は潰すのがベスト!」という誹謗中傷だらけの書き込みで一杯になった画面を見ている内に伊達はだんだん冷静ではいられなくなっていく。

 その後、「そんな奴は、死んじゃえ!」という書き込みを目にした時、ついに頭の中でブチッ!と何かが音を立てて切れた。

 次の瞬間、右手でノートパソコン掴んだ伊達はリビングの窓めがけて思いっきり投げつけた。
 ガシャーン!っと大きな窓ガラスが砕け散り、ノートパソコンが画面とキーの部分に別れて勢いよくバルコニーの床に転がった。

 伊達は獣のような声で
「ぐわぁーあぁー!!」と叫んだ後、「ざぁーけるなぁー!!」、「寄ってたかって痛ぶりたいだけだなんだろぉー!!」と大声で怒鳴りながら座っていた1人用のソファを持ち上げてキッチンに投げつけた。

 その金属の脚が当たって蛇口がもぎ取れるとプシュー!っと勢いよく水が吹き出したが、
「真実を知ろうともせずに! ただ弱いものいじめをするなんて!! いったい何がしたいんだー! 間違ってる!!」そう叫ぶと今度はダイニングにあった椅子をテレビに投げつけて破壊する。

 ガラガラッ、ガシャーン、ドカッ、バーンッ、バリバリッ、グシャーッ、バリーンと、物が壊れる音を何度も響かせ、これ以上壊すものがないくらい沢山の物を破壊した頃、警官が傾れ込むように部屋に入ってきて伊達は取り押さえられた。

 退院後わずか2日で病院に舞い戻った伊達は前回のように静まる事はなく、ずっと叫び続けていた為に無理やり鎮静剤を注射され、ベッドで拘束されてしまった。
 伊達が6人掛かりで運ばれた病室は前回とほぼ同じ作りであったが壁に取り付けられた洗面器と低い仕切りのトイレは分厚いマットで囲われて使えないようになっている。
 部屋の真ん中に置かれたベッドの上で両腕と両足に加えて胴体もベルトで固定され、舌を噛み切らぬように猿ぐつわまでさせられた伊達は血走った目で天井を睨みつけながら言葉にならない事を呟いていた。


 知らせを聞いて駆けつけた青木はそんな伊達を見て、
「犬の記憶転送なんて、やるんじゃなかった…。それが影響したに違いない…」握りしめた両手で頭を叩きながら後悔し、「伊達さん、申し訳ありませんでした。もう手遅れかも知れないけど私の責任でお母さんを捜し出します」と顔を歪めながら誓うように言った。

 次の日、青木が再び診察したが伊達の精神状態は良くならず、自分を傷つけてしまう恐れがあった為に拘束を解く事もできなかった。

 その後、伊達を見舞った吉田警部から連絡を貰った青木は犬の記憶転送をした事とその記憶の中に犯人とワンボックスに加え、それを追うコジローの姿があった事を告げた。

 それを聞いた警部は
「伊達さんはそんな危険な転送をしてまで犯人を逮捕したかったのだと、そしてコジローを捜し出したかったのだと思います。その思いに応えられるよう、私も諦めずに張り込みを続けます」と決心を固めるように言った。

   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 午後6時、吉田警部はセダンタイプの一般車に扮した警察車両を倉庫の近くに停める。
 いつも必ず何処かにいる不審なステーションワゴンが今日も停まっているので、その黒い車と倉庫の両方が見える場所で翌朝8時までの張り込みを始めた。


 午前0時を過ぎた頃、警部が座る運転席とは反対側にある助手席の窓が何者かにコンコンと小さく叩かれた。
 少し驚きながらそれと分からないように外部に取り付けたカメラで確認してみると若い女性が1人、車のすぐ脇に立っている。

 どう対処しようか悩んでいると再びコンコンと窓が叩かれ、
「すみません。誰か乗っていますよね…」カメラと共に設置された外部マイクを通じてゴーグルのイヤホンから聞こえてくる。

 内部を見通せぬよう黒いフィルムが貼られている助手席の窓を少しだけ降ろし、
「どうしました?」その細い隙間から警部が応えた途端、運転席の窓がバン!っと叩き割られた。

  ガラスの破片がバラバラと音を立てて飛び込んで来て反対に顔を向けた途端、いきなり何者かに首を鷲掴みにされてしまった。
 そのままドアのロックを解除され外に引きづり出されると、地面に押さえつけられて再び首を絞められる。
 気が遠くなりながらも腰のサックからスタンガンを取り出してスイッチを押すと、
「うああぁ、あぁ」太った男が叫んでその手が緩み、警部は横に転がるようにして腕を振り払った。

 そのまま立ち上がると、最初に声を掛けてきた女に長い棒のようなもので足を叩かれ、
「あっ!」と言って躓いた警部は地面に転がりながら、もう一人あご髭を生やした男がいる事に気付く。

 太った男と若い女、それに加えてあご髭では少なくとも3人は相手にしなくてはならないと思った警部は転がりながら腰の拳銃に手を掛け、安全装置を解除しながら抜き出した。
 拳銃を構えて立ち上がろうとした瞬間、首に紐のようなものが絡まり、一気に締め上げられて再び気が遠くなっていく。

 あご髭の男が左手で首を締めながら、
「良いものを持っているじゃねーか」そこに落ちた拳銃を右手で拾い上げ、警部の額に銃口を当てる。

 息ができずに霞んできた警部の視界をパッ!っと何かが横切った次の瞬間、バーンと大きな銃声がした。

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