第4話

文字数 3,169文字

 2日後、伊達は再び東銀座にある『AOKIマイニング』を訪れた。

「お待ちしてました」転送室で伊達の到着を待っていた吉田警部が椅子から立ち上がり、姿勢を正すと丁寧に頭を下げた。
 転送室に置かれた2台のベッドの片方には16歳位の少女が横になり、既に麻酔を掛けられているのか酸素マスクを着けて眠っていた。
 ヘッドギアのような脳波読取装置を頭に着けているので、その少女がこれから行う記憶転送の送り手、つまり一家殺人事件を目撃し、唯一生き残った被害者であると分かった。


「この子が家族を失ってしまった麻理ちゃんですか…」何故かその少女の事がとても可哀想になり、伊達が思わず呟くと、
「はい。でも犯人は絶対に逃しません、必ず検挙します」警部が睨むような力強い目をしてそう応えた。

 そこへ、別のヘッドギアを手にした青木が入ってきて、
「お待たせして申し訳ありません。伊達さん用のこれ(・・)がいつもの棚に見当たらなくて…、引き出しに仕舞われていたのをようやく見つけました」ため息まじりに呟き、「では、早速着けさせてください」と伊達を見て言った。

 空いているベッドで横になって待っていた伊達は、
「いつでもどうぞ、準備はできてます」精神安定剤のタブレットを3錠口に投げ入れ、水も飲まずにそれを胃に送リ込む。

 少女に記憶掘り起こし用のゴーグルを着け終わると
「それでは始めます」青木がそう言って伊達の酸素マスクへ麻酔を送り始める。

 少女が着けているゴーグルの内部で様々な色の光が点滅を始めると、それを確認した青木は耳元で語り掛ける。
「麻理ちゃん、あなたは安全な場所にいますよ…。何も心配は要りません…」ゆっくりした静かな声で「思い出して下さい…先週起きた事を…。安心して思い出して下さい…」囁くように続けた。

「あの火曜日の夜…、家族の皆に起きたことを…」青木がそこまで語ったところで
「うぅー、うーぅ」と少女は呻きだす。

 犯罪記憶の転送に慣れている青木はその声に怯むことなく
「その夜…、誰かが家に来ましたね…? どんな人でしたか…?」耳元でさらに語りかける。

「うぅ〜〜、あぁーあー」とても苦しそうに少女は呻き続けた。

「うう〜ん」隣のベッドで静かにしていた伊達が唸ると青木がそれを横目で確認し、
「その人達は何をしましたか…? 見ていましたね…?」眉間にシワを寄せながら少し辛そうに訊く。

「うぅ~、あぁー、うぅー」少女が再び呻き出すと、
「うぅ」伊達が小さく唸った。

 警部は2人の間に置かれた椅子に座り、手帳にメモを取りながら呻きや唸り声を聞く度に眉間にシワを寄せている。

 40分程少女は呻き続けていたが、
「きゃあぁあーっ!!」という絶叫を最後に記憶の転送は終わった。

 全身が汗でずぶ濡れになった少女の隣で、伊達の額にも大粒の汗が浮かんでいた。


 青木は伊達に麻酔を送っている酸素マスクのスイッチを切り、
「大丈夫でしょう。上手く行ったと思います」と警部へ向き直って完了を告げた。

 青木の助手を務めた女性スタッフが伊達の額に浮かんだ大粒の汗を拭いていると突然、その目をパッと大きく開き、
「犯人は男2人でした」はっきりした声でそれだけ告げ、ベッドの上でおもむろに起き上がった。

 転送の結果を告げられた警部は椅子から立ち上がり、
「では、早速再転送をお願いします」ベッドの伊達に声を掛けてそこで待つ。

「伊達さん、お疲れでしょうがいつも通り再転送をお願いします」青木が少し申し訳なさそうに言い、隣の転送部屋に向かって歩き出すとベッドから立ち上がった伊達が無言でその後を追う。

 2人の後に続いて転送部屋にやって来た警部が伊達を見ながら、
「似顔絵担当の佐々木です」と、右側のベッドで横になっている小太りの男性を手のひらで示す。
 その気弱そうな男性は警部の声を聞くと上半身だけ起こした窮屈な姿勢で挨拶代わりに頭を下げたが、伊達は記憶の鮮明さを保つために声を出して話したりせず、軽く頷いただけで反対側のベッドに横になった。

 佐々木は既に転送用のヘッドギアを着用し、伊達も同じものを着けたまま移動してきたので2人に酸素マスクをだけを装着し、
「では、これから再転送を始めます」と青木は記憶の鮮明度が落ちないようすぐに転送を開始した。


 2人がマスクに送られる麻酔で半覚醒状態になると、
「伊達さん…、少女の記憶の中で犯人を正面から見ている場面を思い出して下さい…」青木が語り掛けた。

「うぅ」伊達は小さく唸ったがすぐ静かになった。

 一方、似顔絵担当の佐々木は
「あ゙あーぃ、ゔやぁー」と大きく唸って顔を歪める。

 5分程経つと青木が再び語り始めた。
「伊達さん…、今度は犯人の横顔が見える場面を思い出してください…」

 その後は伊達も佐々木も唸ることはなく再転送は5分程で完了した。
 青木が麻酔を止めて待つと、伊達の方が先に目を開けた。

「どうです、上手くいきましたか?」とすぐに訊いてくる。

「佐々木さんがまだ目覚めてないのでなんとも…」そう口籠る青木の横で佐々木が目を覚ました。

「…えーっと、男が…2人…ですか?」麻酔から目覚めた佐々木が転送された記憶を思い出しながら確認すると、
「その通りです」その記憶を乱さぬように伊達が短く答える。

 吉田警部が小さなテーブルを運んでくると佐々木は体を起こしてベッドに座り、そこに置かれたスケッチブックの何も書かれていない真っ白なページを黙って開いた。
 濃さの違う鉛筆を3本右手で持つと、今までとは違う鋭い目つきになった佐々木は目にもとまらぬ速さで似顔絵を描き始めた。

 まるで手品師のようなリズミカルな手捌きで鉛筆が擦れるを響かせ、真っ白だった紙は30分程で写真のような2人の男の似顔絵になっていた。

 似顔絵の為の再転送はこれまで何度も請け負ってきたが、ここまで高い技術は見た事がなく、
「まるでマジシャンだ。とても人間業とは思えませんね…」伊達が感心していると、
「私が知っている中では佐々木さんがナンバーワンです」警部が誇らしげに言い、「では、早速これで手配書を作成します」と似顔絵を手にして立ち上がる。

「伊達さん、私は一足先に署へ戻りますが事情聴取の方もよろしくお願いします」警部は小さく頭を下げ、「では、これで失礼します」直立して敬礼すると部屋を出て行った。

 帰り支度を終え鑑識課の制服姿になった佐々木も、
「これにて失礼させて頂きます」と警部と同じように敬礼して帰っていった。


 伊達は2人だけになると医院長の青木に、
「今回の事件はかなり悲惨です…。犯人の正面の顔を転送する時、かなり残酷な場面になってしまいましたが佐々木さん、大丈夫でしたか?」再転送を思い出しながら心配そうに訊く。

「やはりそうでしたか。短くて繋がりのない記憶だからすぐに忘れてしまうでしょう」青木はすぐに言ったが
「あぁ…、なるほど…」と既に別の事を考えているのか伊達はうわの空のようだ。

 青木がそんな伊達を見て心配になり、
「それより、伊達さんは大丈夫ですか?」真剣な眼差しで訊ねると、
「ええ。でも、何でだか分からないんですが…、とにかくあの麻理という少女が可哀想でならない…」悲しい表情になって呟き、「僕があの少女にしてあげられる事はないですかね?」と訊ねた。

「そんな事を言うなんていつもクールな伊達さんらしくないですよ。精神安定剤でも処方しましょうか?」青木が気遣うと、
「僕も歳を取ったという事ですかね? とにかく私に出来る事があったら連絡をください」真剣な顔で頼む。

「わかりました。精神的な治療を行う為、しばらく私の管理下に置かれますのでそれとなく聞いて見ますよ」青木も真面目に答えた。

 それを聞いて少し安心した伊達は
「では、これから署に行って事情聴取を受けてきます」そう言って足早に院長室から出て行った。

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