第18話

文字数 2,582文字

 伊達は自動運転タクシーを拾って自宅へ向かいながら、スマートフォンを取り出して名簿にある開発設計副部長から順に電話をしていく。
 副部長はもうその住所に住んでいないのか呼び出し音も鳴らず、次に課長の3人へ順番に掛けてみると2人目までは繋がらなかったが最後の人と話す事ができた。

 事情を詳しく説明し自分が一条和実の息子であることを告げると、その奈良雅史という元課長は驚きながら伊達が小さい頃に何度も会っていると話し、父親とは最期の時も一緒だったと言う。
 会ってもらえないか訊ねると、平日は大学で教えているので無理だが休日なら大丈夫だと言うので次の日曜日、つまり明後日に会う約束をして電話を切った。

 電話で話した限り、奈良という人の印象は頭の回転が早くて人に気を遣う事もできる感じだった。

 その後、開発設計部に在籍していた他の社員にも電話をしてみようと思ったが、色々な人に連絡して昔の事を嗅ぎ回っている輩がいると警戒されたら今後の捜索に支障が出るのでやめておく事にした。
 奈良がもし電話の印象通りであれば伊達の話を聞いてそれに相応しい人を紹介してくれるだろうし、先ずは事故が起きた時に父親と一緒だったその人に会って話を聞いてみようと思った。


 自宅に戻り、軽くシャワーを浴びて食事を作り始めた伊達は思い出したようにペット探偵の藤岡へ電話する。

 あれからコジローの姿どころか目撃者すら見つけられずに進展がないのは知っていたが、母親捜しばかりに自分の時間を使っている事への罪の意識から状況だけでも確認しておこうと思ったのだった。

「藤岡です。済みません、未だ他の目撃者なしです」繋がるとすぐに疲れた声で言った。

「目撃者捜しの人員を増やしてはどうですか?」伊達が思い付いた事を提案するが、
「いたずらに不確実な情報を増やす事になるだけだと思います。沢山の情報に振り回されれば確かなチャンスを見逃してしまうかも知れません」と言い、藤岡は受け入れようとはしなかった。

 伊達も手当たり次第に集めた記憶の中から目当てのものを探そうとして失敗した経験があったので、
「やはりそうですか。他に何かイイ方法はありませんかね…」途方に暮れて訊ねると藤岡もなす術がないのか、
「そうですね…。倉庫の周りをうろついている野良犬に犬の言葉で聞き込みをするとか…、そんな事ができたらもっと進展するんですがね…」と空想を描いた。

 それを聞いた伊達の頭にあるアイデアが浮かんだ。

「倉庫周辺に野良犬がいるんですね?」伊達が訊くと、
「沢山はいませんが、5、6匹はいます」すぐに答えが返ってきて、
「その犬達と話ができたら確実な情報が得られると思ってつい、そんな事を…」藤岡が力なく笑った。

 伊達は倉庫周辺の見張りを続けるように頼んで電話を終えると、先程浮かんだアイデアについて考えてみた。

 周辺にいる野良犬なら人が立ち入れない場所でコジローと会っているかも知れず、もし犬同士で何かの情報を交換していたら人間の目撃記憶よりその犬の記憶を自分へ転送した方が遥かに多くの手掛かりが得られる筈だと思った。
 犬の記憶を転送された人は狂ってしまったと青木が話していたがそれも噂でしかなく、本当にそうなるのかは分からないのだ
 人間から犬への転送はアメリカで何年も前に実用化されているのだから、その逆の犬から人間への転送もどこかで実現されていても可笑しくはないと思えた。

 伊達は実際に犬からの記憶転送を試そうと思ったわけでなく、それをやったらどんな風になるのか考えてみただけだが次第にその危険な転送がコジローを捜す方法として一番相応しいものに思えてきて、
「いや、駄目だ。ただでさえ精神にダメージを受けているのにそんな危険な事が出来るわけない…」と慌てて頭を振った。


 次の日曜日、藤沢駅前の喫茶店に入った伊達は一番奥の落ち着けそうな席を見つけて座り、ホットのカフェオレを注文して待ち合わせている事を店員に告げた。

 大きめのカップで運ばれたカフェオレを2口飲んだところで、ツバの浅いフエルト帽を被る初老の男性が入口のアンティークガラスを嵌めたドアを押して入ってきた。
 奥に座る伊達が視線を送っているのに気付くと真っ直ぐにやってきて、
「奈良と申します。伊達さん?、ですね」微笑みながら言うと向かいの椅子に腰掛け、水を運んできた店員にコーヒーを注文する。
 その感の良さと一連の動作を見て伊達は電話の印象に間違いがなかったと確信し、昔の記憶もはっきりしているだろうと期待に胸を膨らませた。

「お忙しい所、わざわざお越し頂きありがとうございます」立ち上がって名刺を渡しながら丁寧に挨拶すると、
「いえ、私もじっとしているのが嫌いな方ですし、この近所に買いたい本もあったので気になさらずに…」隣の椅子に肩下げカバンとフエルト帽を置いて笑みを見せた。
「隼人さん、今は圭一さんと名乗られているとの事ですがこんなに立派になられて…、和実さんが生きていたら大変喜んだことでしょう」そう言うと早速、当時の事を話し始めた。


 男性の名は奈良雅史、父親の和美より10歳年上で設計部では部品の設計を担当していたらしい。
 その奈良に5年遅れて入社した和美はすぐに課長となり、その後設計部長になると開発部との強い連携が必要だと訴え、2つの部は統合されて「開発設計部」と名を変えた。
 開発部の発想と設計部の知識が一体となった事により斬新で新しい物造りが可能となり、さらに開発のスピードも増して会社は大きくなっていった。
 10歳年齢が若い開発設計部長の下で働いた奈良は和美の卓越した着想と柔軟だが一貫した考え方によって常に満足のいく仕事ができたと言い、仕事上で何か不満を感じた事はなかったとその仕事ぶりを褒めた。
 また、仕事熱心な割に家庭を大切にし、妻の久美子や伊達を会社で行われるイベントに同行させるなどして家族を楽しませる事にも熱心だったと話した。
 和美が奈良の設計に関する知識を頼りにしていた事もあり、よく自宅に招かれて食事をしながら打ち合わせをしていたらしく、伊達と母親の久美子とは会う機会が多かったようだ。

 そこで一旦話すのを止めた奈良はコーヒーをゆっくり1口飲んだ後、伊達の顔を見詰めてその覚悟を確認し、新しく開発した自動車のテスト走行で起きた事故について語り始めた。

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