縁側

文字数 990文字

「今年は織姫と彦星、ちゃんと会えるのかなあ」
颯太は、空を見上げながら大学生の男らしからぬことをつぶやいた。梅雨の合間の晴れ空に、うっすらと霞がたなびいている。風はほとんどなくて、じっとしてても肌がかるく汗ばむような暑さだ。
「なにロマンチックなこと言ってんだよ」
おれは苦笑しつつ、友人の端正な横顔に目をやった。縁側にあぐらをかいて、よく冷えたところてんを美味そうにすすっている。
「やっぱりところてんには黒みつだよな」
「甘いの好きだな、昔っから」

おれの家は、じいちゃんが若いころから三世代にわたって住んでいるような古い家で、今どきめずらしく縁側がある。ここは家の中で一番涼しく、裏の寺の竹林なんかも見えて、なかなか風流だ。子どものころは七夕にこの竹をもらってきて、短冊をかざったりしていた。
颯太とは小学校からのくされ縁で、今でもしょっちゅうつるんでいる。おたがい年ごろになっても、彼女もできたためしがなかったし。もっともおれはモテないからで、こいつはモテるのにふってばかりという違いはあるんだけど……。
「おまえ小学生のころ、颯太君とまた同じクラスになれますようにって、かわいいお願いしてくれてたよなあ。覚えてる?」
ニヤニヤしながら急にこちらを向くから、目がばっちり合ってしまい、内心あわてつつ前を向いた。
「忘れた! おまえのかんちがいじゃないの?」
本当は覚えてる。早く忘れろよな、そんな恥ずかしいこと。

竹林がさわさわと音をたてる。かすかな風がふいてきて、肌に心地よくふれた。
「今年はどんな願い事するの?」
「べつにしないよ。もうそういう年じゃないだろ」
「おれはするよ。今年こそおまえと恋人どうしになれますようにって」
かるく笑みをうかべながら、そんなことを平気で言ってくる。そういうやつだ。
どう答えようか迷っていると、颯太は「冗談だよ」と笑って視線をそらした。

いつの頃からだったろう。こいつがこの手のことを口にするようになったのは。
あくまでもかるく、冗談として流してしまえるようなノリだったけど、その目はいつもまっすぐで真剣だった。おれだって、それに気づかないほど鈍感ではない。
じつをいえば、その瞳に会うたびに引き寄せられて、いつのまにかすっかり捕らわれてしまっていたりする。それなのに、いつもこんなふうに伝えそびれてしまう。
今年は久しぶりに、短冊に願いをかけてみるのもいいかもしれない。


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