Ω日記

文字数 4,378文字

4月27日
今日は部の歓迎会で、新入社員の僕は上司や先輩に囲まれてけっこう緊張した。みんな酔いが回ってきたころ、仁科(敬称略! ムカつくから!)が隣に座ってきて僕に絡みだした。肩に腕を回したり、太ももをなでまわしたりされてすごく気持ち悪かった。おまけに「早坂はかわいいな。彼氏いないなら、俺の番にしてやろうか?」だって! いくら年齢=彼氏いない歴のΩの僕だって、お前みたいなスケベ中年αなんかお断りだっつうの。浮気とモラハラが原因で番に逃げられたってもっぱらの噂だ。でも相手は直属の上司だし、何も言えずに困ってたら、真田先輩が「仁科課長、それセクハラですよ」って言って、僕を仁科から引きはがして離れた席に座らせてくれた。違う課の五つ上の先輩だけど、仕事ができてハンサムで人当たりもいいから、Ωにも女性にもモテモテのαだ。セクハラされたのは嫌だったけど、真田先輩に助けてもらえるなんてラッキー! 「ありがとうございました」って言ったら、「大丈夫? 嫌だったら、相手が上司でもはっきり言っていいんだよ」って言ってくれた。同じαでも、真田先輩は紳士ですごく優しい。αの人って威圧的で、俺様な人が多いから苦手だったけど、こんな人もいるんだ。

5月9日
久しぶりに失敗してしまった。そろそろヒートの時期だって分かっていたのに、寝坊して慌てて家を飛び出したので、抑制剤を飲み忘れてしまったのだ。そしたらよりによって、電車の中でヒートが始まってしまった。おかげで痴漢には会うし、通りすがりのαからじろじろ見られるしで、身も心もぼろぼろになりながら、なんとか会社にたどり着いた。鞄の中にも薬を入れ忘れてたので困ってたら、同期の安部君がすぐに気付いてくれて、「早坂君、ヒート始まっちゃったんでしょ? 僕、薬持ってるよ」って言って薬を分けてくれた。安部君とは同じΩだから、大変な事も分かりあえるし、困った時はこうして助けてもらえる。やっぱり持つべきものはΩ友達だよね! 安部君が困ってたら、絶対力になりたい。

5月13日
今日は初めての合コンだった。そういうの苦手だったんだけど、安部君がすごく困った様子で、「早坂君、お願い! Ωの子が急に一人来られなくなっちゃったんだ」って頼むので、参加することにしたのだ。このあいだの恩もあるし、他ならぬ安部君の頼みなら応えてあげたいから。それにしても安部君ったら、大人しそうに見えてけっこう積極的に出会いを求めてるんだな。僕も見習った方がいいかな。お店はすごくおしゃれで、料理もおいしかった。3対3の合コンだったんだけど、もう一人のΩの子もすごくいい子だったし、αの人たちもみんな優しくて面白かったので、けっこう盛り上がった。僕の向かいに座ってた人は望月さんっていう、アラサーのイケメンαで、IT系の企業に勤めてるんだって。話題が豊富で、僕はほとんど聞いてるだけだったけど、話すの得意じゃないから、沈黙にならなくてありがたかった。ノリでLINEを交換したんだけど、連絡来たりするのかな?

5月20日
望月さんからLINEが来た! 「この前楽しかったね。今度は二人で会いたいな」って。こんなの初めてですごくドキドキする。望月さんはいい人だったし、断る理由は無い。だけど、どうしても引っかかってる事がある。それは真田先輩のことだ。真田先輩とは課が違うから、あの飲み会以来一度も話していない。顔を合わせることはあるけど、お互い挨拶するだけだ。真田先輩はいつも大勢の人に囲まれていて、話しかけるなんて無理だし、どうせ僕なんかには手の届かない高嶺の花だよね……。ていうか、あんな素敵な人、とっくに決まった相手がいるだろう。せっかく彼氏ができるかもしれないチャンスなんだから、とりあえず望月さんと会ってみようかな。

5月27日
望月さんとデートした。高そうなお店に連れて行かれて、ごちそうになってしまった。コース料理が出てきて、テーブルマナーなんて分からないから緊張したけど、どれも今まで食べたことないくらいおいしかった。望月さんは馴れてる感じで、大人だなあって思った。この前みたいにいろいろな話をしてくれて、すごく面白かったし、勉強にもなった。「かわいいね」と言われて、悪い気はしなかった。でもやっぱり、何度も真田先輩の事を思い出していた。店を出た後、ホテルに誘われた時はすごくびっくりした。大人はそういうのが普通なのかもしれないけど、とてもそんな気になれなくて、「ごめんなさい」って言って走って逃げ帰ってしまった。感じ悪かったかな。きっともう連絡来ないよね。

5月28日
望月さんから「昨日はごめん」ってLINEが来た。「僕の方こそ、急に帰ったりしてごめんなさい」って返したら、「気にしないで。僕が悪いんだから。あれから君の事ばかり考えてるよ。もう一度会ってくれないかな?」と返信が来た。すごく悩んだけど、とにかく会って話を聞くことにした。色々考えてしまって、なんだか何も手につかない。

6月3日
望月さんと会って食事をした。この前とは違うところで、やっぱり高級そうなお店だった。望月さんは「会ってくれて嬉しいよ」と言って、何事も無かったかのように話した。メインの料理が出された直後、ウェイターの制止をふりきって誰かが勢いよくこちらに近づいてきた。びっくりして見ていたら、その人はテーブルの上の水を掴んで、いきなり僕の顔にかけたのだ。あまりのことに茫然としている僕の目の前で、その人は望月さんに「こいつ誰だよ!?」とくってかかった。僕よりも若くて、まだ学生くらいに見える美少年だった。望月さんはしどろもどろになりながら、「ただの友達だよ。誤解するな」なんて言っていた。その様子を見ていたら、情けなくて悲しくなってきて、「さよなら」と言って店を出てきた。LINEもブロックしたし、もう二度と彼に会うことはないと思う。

6月9日
あれからなんだか無気力な状態が続いた。仕事もやる気出ないし、もう彼氏もいいやと思って、何でも事務的にこなすという感じで過ごしていたけど、今日は仁科から急な仕事を言いつけられて、仕方なく残ることになった。仁科は僕に目をつけているらしく、仕事中でもいやらしい目で見てくるし、さりげなく体を触ってくることもあったので、嫌な予感はしていたんだけど、案の定僕と二人きりになることが目的だったらしい。オフィスに人がいなくなると、いきなり抱きついてきた。「やめてください」って言ってもがいたけど、相手はαだからかないっこない。このまま襲われるんだ、αなんてこの世からいなくなればいいのにって思って、絶望的な気持ちになってた時、「何してるんだ!」って声が聞こえて、誰かが駆けつけてくれた。それはなんと真田先輩だった。仁科は先輩の姿を見るなり、青い顔をして逃げ帰った。先輩はガタガタ震えている僕の肩を抱いて、「もう大丈夫だ」って言いながら落ち着くまで背中をなでてくれた。僕は思わず先輩の胸に顔を埋めて泣いてしまった。

6月10日
仁科は本日付けで懲戒解雇になった。真田先輩が上に報告してくれたのだ。あの時先輩が助けに来てくれなかったらどうなっていたかと思うとぞっとする。僕は先輩が一人になるのを見計らって、改めてお礼に行った。先輩はいつもと変わらない態度で普通に接してくれた。先輩がどうしてあの時会社にいたのか、気になって聞いてみたら、仁科が僕を狙っているようだったから、二人きりにならないよう気にかけてくれていたということだった。先輩にはどんなに感謝してもしたりない。

6月17日
あれから一週間が経つけど、僕の頭の中は真田先輩でいっぱいだった。会社では先輩の姿を目で探してしまう。家にいても、先輩の優しい笑顔や声、肩を抱かれた時の安心感などを思い出しては、胸をしめつけられている。本気で好きになってしまったのだ。あんなに素敵な、僕なんかには不釣り合いな相手を。

6月24日
安部君に「話したい事がある」とご飯に誘われた。行きつけの居酒屋だけど、二人ともお酒は強い方じゃないからウーロン茶を注文した。安部君は僕の目をじっと見て、「実は……」と切り出した。「僕、真田先輩と番になったんだ」それを聞いた時、僕の頭は真っ白になってしまった。「そ、そうなんだ……おめでとう」自分でも驚くほど力のない、上ずった声が出た。「ほんとにそう思ってる? ならどうしてそんな泣きそうな顔してるの?」と安部君に聞かれて、僕は答える事ができなかった。すると安部君は、緊張した顔を急に崩して、「ごめんね。番なんて嘘だよ。早坂君、真田先輩のこと好きなんでしょ?」と言った。安部君の真意が分からなくて、ただ彼の顔を見ていると、安部君は、「僕のは嘘だったけど、ちゃんと告白しないとほんとに誰かに取られちゃうよ。今は決まった相手いないらしいから、急いだ方がいいと思うよ」と言って笑った。やっぱり安部君は最高のΩ友達だ。

6月27日
定時で仕事を切り上げ、ビルのエントランスホールで先輩を待ち伏せした。7時頃、先輩が一人でエレベーターを降りてくる姿が見えたので、僕は急いで駆けつけて「先輩!」と声をかけた。「今お時間ありますか? お話したい事があるんです」と言うと、先輩は驚いた顔を見せたけど、すぐに笑顔で「いいよ」と頷いてくれた。会社の人に見られないよう少し歩いて、駅裏の、モニュメントと数台のベンチが置いてある広場に行った。ここまできたら言うしかないのに、心臓がバクバクいって、中々言葉が出てこなかった。先輩は優しい顔で、何も言わずに待っていてくれた。散々時間をかけて、「先輩の事が好きなんです。僕と番になってください」とやっと口にした。ほんとは目を見て言いたかったけど、俯きながら小さな声でそう言うのが精一杯だった。先輩は「ありがとう。ぜひ俺の番になってください」と笑顔を見せた。信じられなくて、先輩の顔を穴の開くほど見つめてしまった。先輩は更に続けた。「実は俺も早坂のことがずっと気になってた。でも早坂は断れない性格みたいだから、告白して追い詰めたらかわいそうだと思って悩んでたんだ。早坂から言ってくれてほんとに嬉しいよ」だって。勇気を出して告白して、本当に良かった。

7月8日
先輩と番になって二週間。相変わらず優しいけど、やっぱりαなんだなあと思わせるような強引な時もある。そういう時の先輩は、普段とは別人のような激しさで僕を求めてくる。けど、それが全然嫌じゃなくて、むしろすごく嬉しくて幸福感で満たされてしまう。つまり僕は先輩にべた惚れだ。Ωに生まれて辛い事ばかりで、αを恨んだりした事もあったけど、こんなに好きになれる人に出会えた。Ωに生まれて良かったなって、今は思える。Ωの自分を、ずっと好きでいたい。

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