ウンディーネ

文字数 773文字

進学のため、この春から一人暮らしを始めることになった。
部屋は大学から近く、家賃も手ごろでほぼ新築という好条件の物件である。特に気に入っているのは、ちゃんと追い炊きもできる浴槽があるところだ。
ぼくは風呂が大好きだった。

荷ほどきも終わり、早速浴槽に湯をはって入った。慣れない引っ越しで疲れた体が癒されていく。
しかしどうもおかしな感じがする。まるでお湯が意思を持って、体をさすっているような感じだ。
すると水面がゆっくり盛り上がり、人間の頭のような形になった。パニックを起こして上がろうとするが、お湯がまとわりついて動けない。
「我が名はウンディーネ。お前の体、楽しませてもらうぞ」
お湯人間の顔立ちはよく分からないが、声は艶のある低音で、イケメンを連想させた。
「ウンディーネって水の精霊の? 女性じゃないの?」
「私は珍しい男のウンディーネだ。ラッキーだな」
「ラッキーじゃない!」
これまで大切に守ってきた貞操を、こんな得体の知れない化け物に奪われてしまうなんてあんまりだ。しかし抵抗もむなしく、結局その晩はウンディーネに好き放題されてしまい、のぼせる寸前でようやく解放してもらえた。

それからは湯舟に入るのは我慢し、入浴はシャワーで済ませていた。
一週間ほどたったある日、「どうだ、一人暮らしは?」と言って突然お父さんが訪ねてきた。まだ春だというのに、半袖を着て汗をぬぐっている。
お父さんは汗かきなのだ。
「お父さん、よかったらお風呂入る?」
ぼくは興味本位で風呂をすすめ、浴槽にお湯をはった。
お父さんが見事なビール腹をゆすりながら風呂場に消えてまもなく、「ギャー!」という悲鳴が響いて、お父さんが全裸で飛び出してきた。
「風呂に浸かったら突然悲鳴が聞こえたんだ」
どうやらお父さんのことは、あまりお気に召さなかったらしい。
それ以来、ウンディーネが現れることはなかった。


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