コーヒーシュガー
文字数 831文字
目覚ましが鳴る。
何度もスヌーズして、もう起きるしかないという時間になって、ようやくあきらめて体を起こす。寝ぐせのついた髪のままキッチンへ行き、恋人の背中に「おはよう」と声をかける。
「おはよう」
おだやかな、すこし笑いを含んだ声で挨拶をかえして、彼がふりむく。おれと違って早起きなので、すでに着替えもすませている。趣味のいいワイシャツがよく似合っていて凛々しかった。
キッチンにはコーヒーの香りがただよっている。
彼の淹れてくれるコーヒーは絶品だったけど、おれは朝は砂糖を入れて飲む方が好きだ。彼はそれもちゃんと心得ていて、ソーサーの上に角砂糖を一つのせて出してくれる。
そっとコーヒーに落とすと、それはゆっくりと小さくなっていった。
たった二週間前の朝の光景。ずっとつづくと思ってたのに、その日彼は事故にあって命を落とした。
あれからずっとコーヒーを飲んでいない。
起きているときはまるで眠っているように何も感じないのに、眠っている間は意識のどこかが醒めているようだった。それでも夜は一応ベッドに入って、その慣れない広さに心を痛めた。おかしな時間に心臓がドキリとして目覚めては、体の一部をなくしてしまったかのような痛みに、また襲われた。
そんな夢うつつの中、あの朝と変わらない彼のうしろ姿が見えた。
懐かしさがこみあげてただ見つめていると、彼がふりかえる。すまなそうな、困ったような笑顔で「ごめんね」と言った。
「おれも連れていってよ……」
彼の胸にすがりついて泣いた。
「見えなくても、ずっといっしょにいるから」
やさしく抱きしめてくれる彼の姿が、しだいに薄れてゆく。触れられているところがじんわり熱かった。おれの中に溶けて入ってくるんだ、と思った。
涙で濡れた枕のつめたさを感じて目を覚ました。ずっと閉じたままのカーテンの向こうから、雀のさえずりが聞こえる。
カーテンを開けると朝の光がさして、眩しさに顔をしかめた。
「コーヒー、飲もうかな……」
かすれた声でそう呟いて、キッチンへ向かった。
何度もスヌーズして、もう起きるしかないという時間になって、ようやくあきらめて体を起こす。寝ぐせのついた髪のままキッチンへ行き、恋人の背中に「おはよう」と声をかける。
「おはよう」
おだやかな、すこし笑いを含んだ声で挨拶をかえして、彼がふりむく。おれと違って早起きなので、すでに着替えもすませている。趣味のいいワイシャツがよく似合っていて凛々しかった。
キッチンにはコーヒーの香りがただよっている。
彼の淹れてくれるコーヒーは絶品だったけど、おれは朝は砂糖を入れて飲む方が好きだ。彼はそれもちゃんと心得ていて、ソーサーの上に角砂糖を一つのせて出してくれる。
そっとコーヒーに落とすと、それはゆっくりと小さくなっていった。
たった二週間前の朝の光景。ずっとつづくと思ってたのに、その日彼は事故にあって命を落とした。
あれからずっとコーヒーを飲んでいない。
起きているときはまるで眠っているように何も感じないのに、眠っている間は意識のどこかが醒めているようだった。それでも夜は一応ベッドに入って、その慣れない広さに心を痛めた。おかしな時間に心臓がドキリとして目覚めては、体の一部をなくしてしまったかのような痛みに、また襲われた。
そんな夢うつつの中、あの朝と変わらない彼のうしろ姿が見えた。
懐かしさがこみあげてただ見つめていると、彼がふりかえる。すまなそうな、困ったような笑顔で「ごめんね」と言った。
「おれも連れていってよ……」
彼の胸にすがりついて泣いた。
「見えなくても、ずっといっしょにいるから」
やさしく抱きしめてくれる彼の姿が、しだいに薄れてゆく。触れられているところがじんわり熱かった。おれの中に溶けて入ってくるんだ、と思った。
涙で濡れた枕のつめたさを感じて目を覚ました。ずっと閉じたままのカーテンの向こうから、雀のさえずりが聞こえる。
カーテンを開けると朝の光がさして、眩しさに顔をしかめた。
「コーヒー、飲もうかな……」
かすれた声でそう呟いて、キッチンへ向かった。
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