占い師

文字数 940文字

「そこのお兄さん」
吉川がいつもの通り、会社からまっすぐ帰宅する途中、路上の占い師が彼に声をかけた。占い師は、少し太り気味でゆったりした派手なワンピースを着ており、パーマをかけた髪を肩までたらした、話し好きなおばさんという印象の女である。いつも同じ場所に机と椅子を出して座っているので、吉川は彼女を見知っていたが、雑踏にまぎれて前を通りすぎるだけだった。
「何ですか?」
「あんた、次に話しかけてきた相手とお付き合いすることになるよ」
「……急いでるんで、すいません」
吉川はもちろん、彼女の言葉を信じたわけではない。しかし彼は自分で思っている以上に、人の意見に影響されるところがあった。何千人という人を見てきた彼女には、それがよく分かった。

「吉川、今帰り?」
吉川が占い師のいる場所から十メートルほど歩いて角を曲がると、同期の青木にばったり鉢合わせた。眉目秀麗で仕事もできる男で、嫌なやつではないが自分とは違う世界の人間と吉川は思っている。吉川の脳裏に先ほど占い師に言われた言葉が浮かび、彼はそれを慌てて打ち消した。
「そうだけど、青木も?」
「うん、まあね。あのさ、ちょっとお願いがあるんだけど……」
「お願い?」
「うん。実はネットで評判のいい居酒屋見つけて、行ってみたいんだけど、一人で行くのもなあと思ってたんだよ。すぐそこなんだけど、吉川、ちょっと付き合ってくれない?」
いつもの吉川であれば理由を探して断っていただろう。しかし本人も気付いていないが、先ほどの占い師の言葉が無意識に残っていて、彼にこう言わせた。
「じゃあ、ちょっとだけ……」

その一時間ほど前のことである。
占い師がいつもの場所で客を待っていると、若い男が目の前に立った。背の高い、スーツ姿の二枚目で、一見悩みとは縁がなさそうである。
「好きな人がいるんです。すごくかわいい人で、付き合いたいんだけど望み薄そうなんですよね……」
彼は「この人なんですけど」と言いながら、スマホを見せた。写っている男性には見覚えがある。いつも自信なさげに足早に彼女の前を通り過ぎて行く、若いサラリーマンだ。
彼女の占いは本物である。
二人の未来が見えた彼女は、満足そうに笑って言った。
「うまく行くよ。今からその先の角で待ち伏せして、彼をデートに誘いなさい」

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