森の中で

文字数 1,398文字

緑の濃く繁った森の中は、昼間でも薄暗い。
ここへ来てから、ひとりで散歩するのが日課になった。

「気分転換に、長野の叔父さんの家にでも行ってらっしゃいな」
母は、高校に行けなくなったぼくを扱いかねているようだった。
叔父さんは何も聞かないでいてくれるし、実際いい気分転換なので、その提案には感謝している。
だけど、母の一言が刺のように引っかかっていた。
「もっと強くならなきゃ」
ぼくの事を本気で心配してくれているのが分かるから、余計に辛かった。

考え事をしながら歩いていたら、いつもより森の奥まで来ていた。
更に先の方に、石の壁のようなものが見える。近づいて見ると、それは外国のお城みたいな、古い石造りの建物だった。崩れかけた建物を抱き留めるかのように、草や木が覆っている。
森の中でそんなものを目にするとは思わなかった。不安を感じながらも、吸い込まれるように中へと入っていた。

誰もいない城内に自分の足音が響く。壊れた屋根の隙間から光が差している。
「ここで何してるの?」
突然声がして、びくっとしながら振り向くと、同い年くらいの男の子が立っていた。
すらりとした長身で、端正な顔立ちには大人びた雰囲気がある。

「……森を散歩してたらこの建物を見つけて、中を見てたんだ」
「名前は?」
「悠人」
「ハルト、そこに座って少し話そう。話し相手が欲しかったんだ」
彼はにっこり笑って、親しみのこもった口調で言った。

右手に、ドアの無いアーチ状の入り口があった。その中は広い円形の部屋で、天井は完全に崩れ落ち、青空が開いている。
壁際にある綺麗な木の長椅子に、並んで腰かけた。全てがぼろぼろの城の中で、その椅子だけはちゃんと形を保っている。

彼はぼくの事をいろいろと尋ねた。
うながされるままにぽつぽつと身の上話をするうち、悩んでいる事まで打ち明けてしまっていた。
高校に入ってからというもの、周囲の人たちは自分が少しでも面白いやつだと思われるために必死になっているようにみえた事。
周りのノリについていけなくて、人といると孤独ばかり感じるようになった事。
母親は、そんな自分に変わってほしいと思っているらしい事。
彼は時々相づちを打ちながら、ずっと聞いてくれた。

「自分でも弱すぎると思うよ。いつまでもこんな子供みたいなこと言ってないで、周りとうまくやっていかなきゃいけないって分かってるのに、うまく出来ないんだ」
「ハルトは素直だね。初めて会ったのに、いっしょにいてほっとするよ。ぼくはそのままのハルトが、すごく好きだけどな」
彼は優しく微笑んでそう言いながら、ぼくの頭をなでた。
胸の奥がじんわりと熱くなって、涙が出そうになってしまった。さすがにここで泣くわけにはいかないので、少しあわてて言った。
「ありがとう……。ぼく、そろそろ帰るよ」
「またいつでも来るといいよ」

椅子から立ち上がった時、突然周りの建物が消えて、ぼくは元の森に一人立っていた。うっそうとした木々が、そこだけ広間みたいにぽっかりと開けていて明るい場所だった。
彼の姿も無い。たださっきまで座っていた長椅子だけは残っていて、側に寄り添うように若い楓の木が生えている。

白昼夢というやつだろうか?
でも彼の声も、頭をなでられた感触も、はっきりと覚えている。
「いつでも来るといいよ」と、彼は言った。
また会えるのかな。会いたいな。

楓の青葉が風でかすかに揺れる。
胸に刺さっていた刺は、すっかり無くなっていた。



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