第22話 黒岩
文字数 850文字
ああ、まだ見える——と、わたしは思う。
雨の夜は、かならずだ。
あれから、もう十年たつのに……。
*
うちの裏山のてっぺんに大きな岩がある。
黒岩という名だ。
その岩の由来が伝わっている。
うちの家系は、けっこうな旧家で、昔は、このあたり一帯の地主だったそうだ。
何百年か前に、旅の妖僧がやってきた。僧侶は邪法で人々をまどわし、悪行のかぎりをつくしたという。
うちの先祖に豪壮な人がいて、妖僧を倒し、死体を埋めた上に、大きな岩をたてた。
それが、裏山の黒岩。
つまり、塚だ。
うちの人間が近づくと、祟られる。
絶対に近づくなと、小さいころから、わたしは何度も聞かされてきた。
だけど、わたしの弟は、旧家の跡取りで甘やかされて育ったせいか、怖いもの知らずだ。
父の晩年に生まれたので、わたしとは十さいも年が離れている。
待望の男の子として、それはもう大事にされた。
女のわたしとは、あつかいが、まったく違った。
弟は小学二年のとき、一人で裏山にのぼったらしい。らしいというのは、ハッキリしたことが、よくわからないから。近所の人が、黒岩をけっている弟を下から目撃している。
その夜、激しい豪雨になった。
土砂くずれが起き、うちの裏庭を埋めた。
土砂は建物の一部にまで入りこんだ。
弟が寝室に使っていた和室だ。
弟は土砂に生き埋めにされて死んだ。
葬式のときも、みんなが嘆いた。
だから、あれほど、黒岩には近づくなと言ったのに——と。
だけど、違うのだ。
そのことを、わたしだけが知っている。
——この岩が祟るのは、まだ、なかで悪いお坊さんが生きてるからだよ。陽一は強いから退治できるよ。家族を守れるのは、跡取りの陽一だけだよ……。
あの日、わたしが弟に、ささやいた言葉を。
今でも、雨の夜、裏庭を見ると、それがいる。
落ちてきたときのまま、あまりに大きく重いので、どかすことのできない黒岩。
そして、その前に立つ真っ黒な人影を。
それは小さな男の子の形をして、猫のように光る目で、こっちをにらんでいる。