第一話 紫陽花

文字数 1,199文字

 これはRさんから聞いた話です。
 子どものころ、Rさんは、よく不思議な体験をしました。それはそのなかの一つです。

 小学生のときのある日、Rさんは妹や上級生といっしょに下校していました。
 通学路の途中には公園があり、歩道に面して紫陽花(あじさい)の木がならんでいます。梅雨どきだったので紫陽花は花盛りです。

 みんなで話しながら、そのよこを通っていました。
 Rさんは一歩前を歩いていたので、話にくわわろうと、うしろにいる妹のほうをふりかえったのです。

 そのとき、Rさんは紫陽花のなかに変なものを見つけました。
 紫陽花の茂みのなかから、おじさんが顔だけ出してのぞいています。見たことのないおじさんです。ふりかえったRさんと、しっかり目があいました。
 変な人だなぁとRさんは思いました。
 なぜなら、紫陽花の木は小学生のRさんの身長くらいしかなかったからです。つまり、Rさんと目線の高さが同じおじさんは、紫陽花のむこうで中腰になって、こっちをのぞいていることになります。
 いかにも不審人物でした。
 Rさんは低学年だったので、変な人だとしか思いませんでした。が、

「そこに、おじさんがいる」

 Rさんが言うと、上級生はあわてました。変質者かもしれないと思ったわけです。

「え? どこ、どこ?」
「ほら、そこ」
「ええ? どこ?」
「紫陽花のとこ」

 おじさんは、じっと、こっちを見てるのに、みんなには見えないようでした。

「ほら、ここだよ」

 紫陽花の茂みの裏側にまわってみたRさんはわけがわからなくなりました。そこには誰もいなかったのです。

 急に怖くなって、Rさんたちはキャアキャア言いながら逃げだしました。

 そのあと、しばらく、Rさんはその道を通るのが恐ろしくてしかたありませんでした。
 けれど、それ以来、一度も変なおじさんは現れません。しだいにRさんも気にしなくなりました。



 *

 さて、Rさんは大人になりました。不思議な体験をすることもありません。子どものころにだけ霊感の鋭敏な人は、わりによくいます。Rさんもその力がなくなったのだと安心していました。

 ところが、先日、たまたま休日の昼間、その道の近くを通りました。
 紫陽花が色とりどりに咲き、とてもキレイでした。
 Rさんの前を数人のランドセルを背負った小学生が歩いています。
 きゃっきゃっと笑って歩く姿は、とても微笑ましく思えました。
 先頭の一人がこっちをふりかえったときに、急に叫び声をあげました。目をみひらいて、紫陽花の茂みのまんなかをじっと見つめています。

 Rさんもそちらを見ました。
 まさにRさんがあのおじさんを見た、その場所です。
 Rさんには大きな青い紫陽花しか目に入りません。
 でも、わかりました。
 おじさんは、まだ、そこにいるのだと。

 子どものときに一度だけ見た、あのおじさん。
 今でも忘れられません。
 紫陽花みたいに真っ青で、頭からダラダラ血を流していた、あの……。
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