第11話 匂い

文字数 841文字



 妻は美しかった。
 美しすぎて、高慢ちきで、体裁ばかり気にする冷たい女だった。夫のおれをちっとも大事にしない。
 おれが愛人を作ったのは、当然のことと言える。

 そりゃ、若いころは、あいつの完ぺきな美貌と、ナイスなボディに夢中になった。
 冷たさもツンデレと解釈して気にしなかった。
 だが、今にして思えば、あいつはキレイなだけの人形だ。死体を抱いてるのと変わりはない。

 出張とウソをつき、四日ほど愛人宅に泊まりこんだ。
 五日めの夜、うちに帰ると、妻は死んでいた。心臓発作だったらしい。

 真夏の盛りに五日間、放置されたのだ。
 妻の遺体の損傷は激しかった。
 家じゅうに腐敗臭が充満し、息もつけないほどだった。

 葬式には親類縁者が集まってきた。
 みんな、ヒソヒソと、その匂いについて陰口をたたいた。
 妻は美人すぎて、親戚にまで、やっかまれていたのだ。

「くさい。くさい」と、これ見よがしに鼻をつままれたり、嘲笑われるのを見ると、さすがに妻が哀れな気がした。

 まあ、なんといっても、一度は愛した女だ。
 とつぜん、いなくなると、妙にさみしい……。

 さんざんな葬式が終わり、初七日もすぎ、家のなかの匂いは消えた。

 だが、そのあと、すぐだ。
 妻をせせら笑った親戚たちが、急に何人も立て続けに死んだ。
 死にかたが変だったらしい。

「匂いがする! あの匂いが——」
 叫びながら、マンションの屋上から飛びおりたり、電車の前に駆けだしたりしたらしい。

 おれの愛人も、とつぜん、心を病んで入院してしまった。秘密の関係だったので、しぜん消滅だ。
 おれのまわりで何が起こってるんだ?

 ただ最近になって、ときどき、ふっと匂いがする。
 あの匂い……。
 忘れようにも忘れられない、あの匂い。

 そんなとき、すくむような冷気を感じる。
 何かが、おれのうしろに立っている。
 冷たい声がささやく。

「よくも、わたしに恥をかかせたわね」

 美しくない自分を衆人にさらされたことは、妻にとって、死んでも許せないことだったのだ。

 死んでも……。
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