第26話 黒薔薇

文字数 1,124文字



 本城さんは近所の青年だ。

 左のほおに、生まれつき黒い(あざ)がある。薔薇(ばら)のような形で、彼の美貌をより高めている。

 彼は、いつも難しい本を読んだり、変な数式を書いたり、無数の機械の部品をつなげることに忙しい。

 じっさい、本城さんが何をしてるのか、僕にもわからない。ただ、本城さんの語る話は、いつも破壊的で反政府的で、それがカッコイイと前は思ってた。

 でも、最近、怖い。
 この前、本城さんの部屋で爆弾を見つけた。

「何これ?」
「これで、ふっとばすんだ」
「何を?」

 本城さんは笑って答えない。

 容器に入った水みたいなものもあった。僕がさわろうとすると、本城さんは、その手をにぎりしめた。

「死にたくなければ、やめときな」

 何が入ってるのか、怖くて聞けなかった。

 でも、昨日、見つけてしまった。
 本城さんの計画書を。
 それは日本を壊滅させるテロ計画だ。
 とても緻密(ちみつ)な計画書。
 なによりも、それを書いたのが、本城さんだということが怖い。この人なら、きっと、どんな計画でも成功させてしまう。

「見たね」と、本城さんは笑う。
「君だけは生かしてあげてもいいよ。さすがに話し相手は欲しいよね」

 この人、本気だ。

 本城さんのことは好きだ。
 でも、生まれた国をこわされるのは困る。
 父さんや母さんや、学校の友達や……みんな死んでしまうのは、イヤだ。

 その夜、僕は本城さんを殺した。
 こうするよりほかに、本城さんを止める方法はなかった。

 でも、夜になると、本城さんがやってきた。青白い顔に邪悪な笑みを浮かべて。

「殺したくらいじゃ、おれは止められないよ」

 そう言うと、本城さんは僕のなかに入ってきた。

 翌朝、僕のほおに黒い薔薇が咲いた。
 本城さんと同じ場所に、同じ形で。

 鏡に映るのは、本城さんの姿。
 いつも、耳元で、本城さんが、ささやく。

「君だって、ほんとは、こわしたいんだろ? 妹にばかり優しい両親も、君をバカにするクラスメイトも。おれが手を貸してあげるよ」
「ダメだよ。そんなこと……」
「どうして? ほんとは、やりたいくせに。おれのうちに行ってごらん。爆弾もある。毒ガスもある。病原菌やコンピューターウィルスだってあるよ?」

 毎日、毎日。昼も。夜も。

 気づくと、左胸にも黒薔薇が咲いた。
 右手。右足。
 目のなかにも。
 いろんなところに、薔薇が咲いた。

 ふふふ。ふふふふふ……。
 僕は本城さんになっていく。

「そうだよ。君は、おれになりたかったんだろ?」

 染まる——

 近ごろ、町に薔薇のような痣をもつ少年少女が増えた。
 本城さんの意思が、広がっていく……。
 危険な種子が、ばらまかれる。

 僕は、殺してはいけない人を殺してしまったのかもしれない。

 ふふふ。ふふふ。ふふふふふふふふ……。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み