第24話 鏡台

文字数 1,150文字



 私の家にある古い鏡台は、もともと、死んだ義母が使っていた。そのあと、義姉が。

 私の今の両親は子づれどうしの再婚だ。義姉とは血のつながりはない。とても可愛がってくれたのだが、義母と同じ病で、若くして亡くなってしまった。

 その鏡台が、ふつうでないことを、私は知っていた。

 鏡のすみに、自分でない姿が映るのだ。
 ぼんやり、ぼやけているが、どうも義姉らしい。

 もちろん、初めて見たときは、おどろいた。

 しかし、とくに悪さをするわけでもないし、そのうち、なれてしまった。

 くわえて、義姉に会えるのも嬉しかった。
 悲しいことや、つらいことがあると、鏡に映る女の姿を見つめた。

「姉さん。おれ、どうも、政略結婚させられるみたいだ。親父の工場、いよいよ、ダメみたいでさ。なんか、金持ちの女が、おれを見初めたらしいよ。今どき、政略結婚なんて、あるんだね」

 女はそこに映るだけで、こたえてくれるわけではない。
 だが、話しているだけで安心した。
 きれいで、優しかった姉さん。
 私の理想の女は、義姉なのだと思う。

 毎日のように、鏡に話しかけた。
 そんな調子だから、結婚してまもなく、新妻が怪しんだ。

 私も結婚してからは、妻に見つからないよう、こっそり夜中に鏡と語っていた。
 だが、ある夜、妻が、夫婦の寝室をぬけだす私のあとを追ってきた。

「何してるの?」
「なんでもないよ」
「なによ。毎晩、鏡なんかに話しかけて」
「いいだろ。べつに。そのくらい」

 女は勘がいい。
 私が鏡に話しかける口調や表情から、そこに別の女の影をかぎつけたらしい。
 妻は激怒して、鏡をかちわった。

「あなたが、これに話しかけてるときの声がキライ!」

 重い置物で叩かれて、鏡にクモの巣のようなヒビが入る。姉の姿も消えてしまった。私のたったひとつの心のよりどころが。

「なんてことするんだ! これは大切な形見だったんだぞ!」
「こんな古くさい鏡なんか、さっさと、すてたらいいのよ」

 笑っていた妻が急に悲鳴をあげた。
 まるで、私の背後に恐ろしいものでもいるかのように目をむいている。

「……なんだよ?」

 不審に思い、背後をふりかえった。
 鏡のヒビ割れのスキマから、白いものが、すうっと煙のように立ちのぼるのが見えた。

 そのあと、何が起こったのかは、よくわからない。

 妻が悲鳴をあげ、錯乱し、失神した。
 白い(もや)みたいなものが、妻の体のなかに入っていったような気もするが……。

 まあ、そんなことは、どうでもいい。
 今が、とても幸せだから。

 妻は人が変わったように優しくなった。
 いっしょにいると、義姉といるように、やすらぐ。

 鏡台? あんなものは、もういらない。
 すててしまおう。

 ヒビ割れの向こうから、恨みがましい女の顔がのぞいているが。
 その顔は、ふしぎと妻に似ている……。
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