第28話 婚約指輪

文字数 1,118文字


 彼氏と婚約しました。
 来月、結婚式をあげます。

「はい。これ、婚約指輪」

 彼がプレゼントしてくれたのは、わたしの誕生石のファッションリングです。高価なものじゃありませんが、彼が選んでくれたってだけで嬉しいです。

 毎日が夢のように幸せ。
 でも、彼は、ときどき暗い顔をします。

「後悔してるの? 結婚すること」

 彼は首をふりました。
「違うんだ。じつは前にも婚約した人がいて。その人は事故で死んだ。だから、そのときのことを思いだして……」
「その人のこと、まだ愛してるの?」
 彼は悩んだすえ、首をふりました。
「今は、一番に君を想ってるよ」

 よかった。それならいい。
 前の婚約者には悪いけど、彼だって一生、その人のことだけ考えて生きることなんてできない。
 わたしたちは幸せになる。
 そう信じていました。

 なんとなく変な気がしだしたのは、そのころからです。夜道を歩くと、誰かが、つけてきます。それどころか、わたし以外、誰もいない部屋で、人の気配を感じたり。

 そんなことが続いていた、ある日のことでした。
 彼の部屋で、帰りを待っていました。
 あの見られてる感じが、ひときわ強くしました。

 わたしは室内を見まわしました。
 タンスの一番上の引き出しがカタカタと、ゆれています。ひらいてみると、そこに青いビロードのケースが入っていました。なかには、ルビーの指輪が……。

 わたしは、そのあと、帰ってきた彼を問いつめました。

「……ごめん。前に話した人に、あげるつもりだったんだ」
「なんで、こんなの、とってるの? やっぱり、ほんとは、その人のことが……」

 わたしが泣きじゃくると、彼は思いきったように立ちあがりました。窓をあけ、裏手の川に指輪をなげすてました。

「ごめんな。おれは、もう、おまえだけだから」
「ありがと……」

 その夜のことです。
 彼のとなりで眠っていたわたしは、異様な気配に目をさましました。

 なんだか、怖い。
 あの感覚です。
 誰かに見られてる。

 わたしは布団のなかから、あたりを見まわしました。
 窓の外に人が立っています。
 髪の長い女です。
 すりガラスの向こうに透けて見えます。

 わたしは、ふるえあがりました。
 だって、窓の外は、すぐに川です。
 人なんか立っていられません。

 女は窓をガタガタ鳴らしながら、室内へ入ってきました。黒い影が、ものすごい速さで、こっちに迫ります。
 次の瞬間、女は、わたしの目の前に立ちました。
 声をあげることもできないわたしを見て、女は笑いました。陰惨なほど悪意のこもった笑み。

 そして——


 わたしは彼から、ステキな婚約指輪をもらいました。
 でも、それをつける指は、もうありません。
 あの夜、女がかみきっていったから……。
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