第2話 いる

文字数 1,536文字

 Rさんから聞いた話だ。

 Rさんが十九さいのとき、ある店でアルバイトをしていた。そこにSという先輩がいたのだが、この先輩、いわゆる見える人だったらしい。
 Rさん自身も子どものころから、何度か霊的なものは見たことがあったのだが、S先輩はさらに上手だった。

「ここ、かなりいるよ。気をつけて」と、日ごろから後輩たちに言っていた。

 ある日のことだ。
 Rさんは夕方から閉店までのシフトに入っていた。
 閉店時間がすぎ、お客さんの姿はなくなった。スタッフは何人かいたが、閉店作業が終わると順番に帰っていく。

 気がつくと、Rさんは一人になっていた。
 とたんにS先輩の言葉が思いだされ、マズイなぁと思った。急いで作業を終え、電気を消したときだ。商品の一つがコロリと棚からころがった。

(変だなぁ。安定が悪かったのかな?)

 早く帰りたいRさんは、なんでこんなときにころがるかなぁと、内心、悪態をつきながら商品をひろいあげた。棚に戻して、ふりかえると——

 レジカウンターのあたりが、ぼうっと白く光っている。
 それもそのはずで、カウンターの上に、おじいさんがすわっている。白い着物をきたおじいさんが体育ずわりをしていた。

 Rさんは数十秒のあいだ見つめていたが、おじいさんはうつむきながら前方を見たまま動かない。

 ほかの人なら悲鳴をあげたかもしれない。が、Rさんは何度も不思議な体験をしていたから、またかと思った。
 見えるからと言って何かできるわけでもないし、そのまま、おじいさんを残して、Rさんは店を出た。ただ、先輩の言っていたことは本当だったんだなと思った。

 それから少し経ってからだ。
 なぜかわからないが、夜間のバイトが何人か立て続けに辞めた。みんな、理由をハッキリ言いたがらない。
 人数が足りないので、ふだんは昼から夕方にかけてのシフトに入っているS先輩が、急きょ夜に入った。
 S先輩はとてもイヤがっていたのだが、店長におがみたおされて、どうにも断れなかったようだ。

 しかし、それでも、業務はとどこおりなく進んでいった。最後のお客さんが帰り、ぶじに閉店作業をしていたときだ。とつぜん「キャアアッ」と悲鳴が聞こえてきた。
 おどろいたRさんは声のしたほうに走っていった。残っていた店員が全員、集まった。
 すると、在庫をストックしておくバックルームの入口に、Tさんが倒れていた。あわをふいて白目をむき、失神している。

「Tさん。大丈夫? Tさん?」

 Rさんは声をかけたが、Tさんが意識をとりもどす気配はない。

「てんかんかもしれませんね。救急車、呼んだほうがいいですか?」と、そこにいるS先輩にたずねたのだが……。

 S先輩の顔は血の気がなくなって、真っ白に見える。両手で口をおさえて、目をみひらいていた。

「S先輩?」

 S先輩はふらふらとよろめいて、その場にくずおれた。

 そのあと、救急車を呼んだり、Tさんの自宅に連絡を入れたりで、あわただしかった。疲れて帰ったのだが、まもなく、Tさんは気がついたようだ。仲のいい店員が知らせてくれた。

 それっきり、Tさんは店に来なくなった。
 最近の子はいいかげんだねぇと店長は文句を言っていたが、Rさんはそうじゃないと思っている。
 あれ以来、S先輩は霊の話をしなくなった。そして、早々にその店を辞めた。辞めるとき、Rさんにこう言った。

「Rちゃん。あんたも早く辞めたほうがいいよ。ここ、危ないから」

 そんなことがあったからというわけではないが、ほかにもっと条件のいいバイト先を見つけたので、まもなく、Rさんも辞めた。

 あの夜、TさんやS先輩の見たものがなんだったのか、今もわからない。
 わたしが見たのは、体育ずわりのおじいさんでよかったなと、Rさんは思っている。

    
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