第6話 フィッティングルーム

文字数 1,140文字



 アパレルショップでバイトを始めた。
 そのショップには、フィッティングルームが二つある。いつも大勢が入れかわりで試着している。

 しばらくして気づいた。
 もうひとつ、試着室があることに。
 とびらが鏡ばりになっている。てっきり姿見だと思っていた。

「店長、ここって使ってないんですか?」
「ああ……そこはね。せまいから」

 ふうん。せまいからか。
 わたしは、さほど気にとめてなかった。

 数日後、わたしは初めて、夜の時間に入った。
 八時をすぎると、急にお客さんがひいていく。
 それでも、一人二人と客はあるのだが、一瞬、無人になった。

 そのとき、ゴトンと大きな音がした。
 おどろいて店内を見まわす。
 が、どこにも倒れたものなどはなかった。

 聞きまちがいか……。
 そのときは気にしなかった。

 さらに数日がたった。
 また、夜の勤務のとき、あの音を聞いた。

 ゴトン——!

 やっぱり、聞きまちがいではない。
 しかし、店じゅうをうろつきまわるが、不審なものを見つけられない。
 薄気味悪かったので、しばらく夜のシフトには入れないでもらった。

 ある日。先輩が熱をだして、急に夜のシフトに入ることになった。
 何事もなく、終わればいいのだが……。

 その日は金曜日。
 仕事終わりの人が、けっこう立ちよる。忙しくて、あっというまに時間がたつ。

 よかった。これなら、無事に終わる。
 そう思ってたのに、閉店前になって、急に、ガランとした。

 気が滅入る。
 べつに、ちょっと変な音がしただけで、とくに何かがあったわけじゃないけど。
 となりの店の物音が反響して聞こえただけかもしれないし……。

 不安をかきけすために、売り場の掃除を始めた。

 早く終わらせて、さっさと帰るんだ——

 そのとき、音がした。

 ゴトン!
 あの音だ。

 ふりかえったわたしは気づいてしまった。
 その音が、どこからしているのか。
 フィッティングルームだ。
 わたしが、ただの姿見だと思っていた、あの第三の試着室。
 なぜなら、鏡ばりのドアが、ゆれている。

 ガタガタと音をたてながら揺れるドアを、わたしは見つめた。

 どうして……ここには、わたししかいないはず……。

 揺れと物音が激しくなる。

 ダメだ。このままだと、ドアがあいてしまう!

 すうっと、ドアがひらいた。
 硬直して見つめる、わたし。
 でも、それきり音がやんだ。

 ほっとして、わたしはドアをしめようとした。
 近づくのはイヤだが、このまま、ほっとくのはもっとイヤだ。

 ドアのすきまから、なかが見える。
 目をそむけて、わたしはドアをしめた。
 いや、しめようとした。
 ドアの下から、何か赤いものが、はみだしている……。

 恐る恐る、なかをのぞく。
 わたしは叫び声をあげてしまった。
 なかには一面、赤い手形がついていた。
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