第3話 神隠し

文字数 2,184文字



「いらっしゃいませ。遠くから、ようこそお越しくださいました。予約の内村さまと清水さまですね? お二人はお友達ですか? ああ、そうですか。大学のゼミ仲間。お友達と旅行、楽しいでしょう? 最近は多いですね。女子旅って言うんですか? お若いかたは、いいですねぇ。

 さあ、こっちにいらしてくださいな。お部屋に案内しますのでね。ささ、どうぞ。こちらへ。見晴らしのいいお部屋を用意しておりますよ。

 ええ、はい。おかげさまでお客さまには評判がよろしくて、今日も団体のツアー客のみなさまで満室でございます。

 ええ、ええ。もちろん、温泉も自慢ですけどね。景観をいかした露天風呂があるんですよ。ながめもいいし、ゆったりできますよ。荷物置かれたら、行ってみてくださいねぇ。血行がよくなって、皮も潤いますし、お肉もやわらかくなりますから。

 えっ? 牛や豚じゃないんだから、肉は変ですか?

 失礼しました。お肌がツヤツヤになって、体がほぐれますよ。

 あっ、部屋はこっちです。どうですか? ほら、きれいでしょう? そこの川、日本の名水百選に選ばれているんですよぉ。

 夜、さみしくないかって? いえいえ。地元の人間は慣れてますから。静かななかに川のせせらぎが響いてね。癒しになりますよ。

 えっ? ウワサを聞いた? 神隠しですか。ああ、このあたりで神隠しがあるって? イヤだ。そんなの大昔のことですよ。お客さん。

 これだけ山深い土地柄ですからね。その昔は山道で迷った子どもや、人さらいなんかがいたんでしょうね。

 昭和の初めまでは神隠しの村だなんて言われてたそうですけど。今は近くにバイパスも通って近代化されましたからねぇ。

 バイパスが通る前は大変な時期もありましたよ。温泉だけじゃ、わざわざ来てくださるお客さまも少なくてねぇ。

 最近のジビエブームに大感謝ですよ。

 害獣と言われていた熊や猪が、今じゃ食材として大人気なんですからねぇ。

 うちのジビエはとくに美味しいって評判でございまして、はい。おかげで予約も、つねにいっぱいなんですよ。ありがたいですねぇ。

 ご夕食はご入浴のあとがよろしいですか?

 何時ごろにお持ちいたしましょう?

 ああ、はい。六時半ですね。はい。女性にも飲みやすい地酒もおつけしますからね。

 ジビエですか? 本日は団体さまがおいでなので、お肉が足りてないんですけどね。お時間までには、なんとしても入荷しておきますよ。

 では、ごゆっくり、おくつろぎくださいませ」



 *

「あら、お客さま。いかがなさいましたか? ずいぶん、あわてていらっしゃいますね。えっ? お友達がいなくなった? えーと……清水さまですか? いえ、わたくしどもは見かけておりませんけれど、いつ、いなくなられたんですか?

 大浴場で入浴中に? なるほど、お客さまがトイレに行っていた数分に姿が見えなくなった……と。

 さきにあがってお部屋に帰られたんじゃありませんか?

 お部屋にはいらっしゃらない。そうですか。

 おや、それどころか、脱衣所にぬいだ服がそのまま残されているんですね。おかしいですねぇ。大人の女性が裸で外を出歩くはずもありませんしねぇ。

 神隠し? まさか! そんなわけありませんよ。平成も終わるっていうこの時代に、天狗や河童がいるわけありません。

 露天風呂から下の沢に落ちたわけじゃありませんよねぇ……とにかく、みんなで手分けして探します。お客さまはお部屋で待っていてくださいね」



 *

「すみません。お待たせいたしました。団体さんが夕食はまだかって催促されたものですから。お肉が足りなくて、都合つけるのが大変でしたよ。

 ああ、すみません。お友達ですね。見つかりましたよ。湯あたりして、救護室で休んでおられました。まだ歩けないようなので、ちょっと、こちらに来てくださいますか?

 はい。お怪我はないですね。ちょっとのぼせただけのようです。心配ありませんよ。はぁ、のぼせるほど長い時間、離れていなかったですか? 体調によって早く症状が出るときがありますから。

 それにぬいだ服を残していくのも変ですって?

 そうですね。バスタオルでもまいて出られたんでしょうね。服を着るのも、しんどかったんじゃないですか?

 まあ、何事もなくてよかったですよ。お客さまが神隠しだなんて言われるから。あんなの、ただのウワサですよ。ウワサ。神隠しなんてあるわけないんですよ。

 今は道が整備されて、車で宿の前まで来れるんですからね。バスだって通れます。ほんと、団体さまが多くて、ありがたいことです。おかげで、いつもお肉が不足してまして。ジビエは猟師さんも獲れるときと獲れないときがありますからねぇ。

 あっ、そこ、段差ありますから、気をつけてくださいね。ああ、はい。そこは厨房ですよ。どこまで行くのかって? もうすぐです。救護室は厨房のとなりですので。

 はい? 血の匂いですか? ああ、さっき大きな若鹿をさばきましたのでね。なにしろ、団体さまがお肉が美味しい美味しいって、もっとないかって言うんですよ。別料金を払うから、おかわりが欲しいって。もうけさせてもらってます。ふふふ。

 ああ、どうぞ。ここが救護室です。お友達が待っておられますからね。すぐに会えますよ。

 いいですねぇ。お若いかたは、お肉もやわらかいし、ムダな脂肪はないし。ほんとにねぇ。ふふふ……」
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