第16話 溶ける

文字数 995文字



 わたしの彼は外国人だ。
 彼の地元では、ブードゥ教というものがあるらしい。
 それが、どんなものなのか、わたしは彼とつきあうまで知らなかった。
 彼は笑って、ゾンビだよ、ゾンビだよとしか言わない。

 しかたなく、ググってみた。

 それは、ある種の魔術のようだ。
 魔女が呪いをかけると、死体がよみがえり、どれいのように働いてくれるらしい。

 昔のことだよ、今は、そんなことしないからと、彼は笑っていた。

 わたしも、ただお酒の席を盛りあげるための話題にすぎないと思っていた。

 ところが——

 一週間ほど、彼は休みをとって、実家へ帰った。久々の長い休みなので、家族に会えることを、とても喜んでいた。

 彼が、日本に戻ってきた晩のことだ。

 玄関をあけて、入ってきた彼をひとめ見て、わたしはギョッとした。顔色が悪い。ふつうじゃないのは、すぐにわかった。

「どうしたの? ぐあい悪いの?」

 いつも陽気な彼が、頭をかかえたまま、何も言わない。

 わたしは、一週間ぶりに会う彼に甘えたかったのだが、それどころじゃなかった。救急車を呼ぶべきか、迷うほど、見るからに体調をくずしている。

「病院行く?」と聞いても、首をふるばかり。

 しかたないので、早めにベッドに入らせた。
 彼は、すぐに眠ってしまった。
 夜遅くなり、わたしも同じベッドに入って、添い寝した。

 真夜中、妙に寝苦しく、わたしは目がさめた。

 枕元に誰か立っている!
 薄闇のなかに、異様に目だけが光っている。

 よく見ると、首に小型のガイコツの首飾りをさげた老婆だ。顔立ちが日本人じゃない。
 老婆は恐ろしい顔で、こっちをにらんでいた。
 両手をつきだし、迫ってくる。

 わたしは悲鳴をあげた。
 ベッドをころげおちるようにおりて、照明のスイッチを入れた。そのとたん、老婆の姿は消えた。
 わたしは、ふるえあがり、彼に泣きつこうとした。

 その瞬間、彼が大声をだした。

「魔女が死んだ——!」と。

 そして、獣の咆哮(ほうこう)のような叫びを発した。
 両手で顔をおおい、叫び続ける。

「熱い! 熱い! 溶ける——」

 病気の症状が重くなったのかもしれない。

 わたしは、あせって、彼にかけよった。
 彼の両手をにぎり、顔をのぞいた。

 わたしも彼に負けないくらいの叫び声をあげたように思う。

 彼の顔は、なくなっていた。
 わたしの見ている前で、またたくまに彼は溶けていった。
 まるで、魔法のとけた死体のように……。
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