第29話 座敷牢の少女

文字数 1,102文字



 わたしの叔母は生涯、独り身だった。
 亡くなったのは、半月前。
 まだ四十代だった。

 母といっしょに叔母の遺品の整理をした日のこと。

 わたしは夢を見た。
 座敷牢のなかで、こっちに背中を向けてすわる少女の夢だ。
 顔は見えないが、きんらんどんすの、それはそれは美しい振袖をきている。長い黒髪が背中をおおっていた。
 年は、きっと十三、四だろうか。

 少女は泣いていた。
 とても悲しげだ。

「なぜ泣いてるの?」

 答えはない。

「どうして、こんなところに閉じこめられてるの?」

 それにも、答えがない。
 が、お稚児さんみたいな白塗りの化粧をした顔が、一瞬、こっちを向いた。
 この子をどこかで見たことがあると、わたしは思った。

 そんな夢を何日か続けて見た。
 夢見が悪いせいか、疲れる。

「そういえば、あの人形、どうしたんだっけね? さゆりが、いつも、いっしょに棺おけに入れてほしいって言ってたのにね」

 母が言うので、わたしは思いだした。

 そうだ! あの人形だ。
 ごうかな着物をきた市松人形。
 叔母が生前、とても大事にしていた。

 でも、亡くなる前には病気の末期で、混乱していたのだろう。投与された薬のせいで、もうろうとしていたのかもしれない。
 あれほど大切にしてた人形を、もういらないから、どっかに捨ててきてくれと言っていた。

 けっきょくは、苦痛から逃れるために、果物ナイフで自分の胸を刺して自殺した叔母。
 せめて、元気だったころの意思どおり、棺おけに入れてあげるべきだった。

 そうか。それで、あの少女は泣いてたんだ。大好きだった叔母と、いっしょに逝きたかったに違いない。

 わたしは急いで、叔母の遺品をしまった、母の実家に向かった。遺品は蔵のなかに、まとめて入れてある。

 わたしは古い長持ちのふたをあけた。人形が一番上に、のっている。

「ごめんね。ここから出してほしかったのね。でも、もう叔母さんはいないんだよ」

 叔母さんは、とっくに荼毘にふされて墓の下だ。明日の朝、菩提寺に持っていって、焼いてもらおう。
 きっと、叔母さんも喜ぶ。

 その日は、母の実家に泊まった。
 真夜中、わたしは、かすかな物音を聞いて、目をさました。
 今の音、なんだったんだろう?

 闇のなかで、わたしは目をこらした。月明かりに、ほのかに室内が見てとれる。八畳の和室。
 たたみの上に敷いた布団のすぐそばに、小さな黒いかたまりがある。
 きんらんどんすが、にぶく光る。
 いや、光ってるのは、その手のにぎっている包丁か?

 わたしは信じられない思いで、それを見た。

(そういえば、叔母さんはナイフで胸を……それって……)

 市松人形のにぎる刃が、わたしの前にふりかざされる——
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