第25話 汚い子

文字数 1,146文字


 その児童公園には幽霊のウワサがある。

 泥まみれの汚い子が、夜な夜な、通りすがりの人を追いかける。その子に、さわられると、全身に泥がこびりつき、窒息死してしまう——そんなウワサだ。

 ウワサのもとになったのは悲しい事件だ。

 十二年前。近所にアスカちゃんという、とても可愛い女の子がいた。

 当時、アスカちゃんのお父さんは再婚したばかり。アスカちゃんは、新しいお母さんにイジメられていた。よく体に青アザができてた。

 冷たい雨の降る十二月の夜。

 アスカちゃんはお母さんに叱られて、家から追いだされた。ぬかるみにハマって泥だらけになり、翌朝、冷たくなって公園で見つかった。

 それからだ。公園に幽霊が出ると言われるようになったのは。

 明日は、アスカちゃんの十三回めの命日。

 真夜中、僕は恋人と二人で、その公園を歩いていた。

 公園の入口が僕らの別れの場所だ。
 僕は彼女を自宅まで送りとどけることはできない。
 なぜなら、彼女は人妻だから。

「じゃあね。カケルくん。また会いましょ」と、彼女は言う。

 ごきげんで去っていこうとする彼女を僕は呼びとめる。

「待ってよ。ツヤコさん。今日は、もうちょっとだけ、そばにいたいな」

 彼女は顔をしかめた。
 さすがに、この場所が、どんなところか、忘れてはいないようだ。
 十三年前、自分が継娘(ままむすめ)を殺した場所だということを。

 そう。僕の彼女は、アスカちゃんの継母だ。
 憎い相手を好きなふりしてたのも、この日のためだ。

 僕は復讐を誓っていた。
 いつか必ず、僕のアスカを殺したヤツを、今度は僕が、この手で殺してやると。

「こっち来て。ツヤコさんに渡したいものがあるんだ」

 そう言って、僕は公園のベンチにすわる。
 ツヤコは、しぶしぶ戻ってきて、僕のとなりにすわった。
 僕はポケットに入れたナイフをとりだそうと——
 だが……できなかった。

 なんだろう? あの子。
 なんで、こんな夜中に、子どもが公園なんかにいるんだ?

 僕の視線に気づいたのか、ツヤコも、そっちを見る。
 ツヤコのよこがおが、ひきつる。
 まるで、地面の泥のなかから這いだしてきたような汚い子が、こっちを見ている。
 子どもは両手をのばして、こっちに向かってきた。

 ツヤコは悲鳴をあげて、逃げだそうとした。
 その手を、汚い子がつかむ。

「お母……さん」
 しわがれた声が、そう言った。

 ツヤコの悲鳴は聞こえなくなった。
 全身にベタベタと泥がはりつき、地面に倒れて、もがき苦しんだ。
 泥のかたまりにしか見えないツヤコが動かなくなると、汚い子は僕のほうにも手を伸ばした。

「アスカなの? ほんとに、アスカなんだね?」

 僕はアスカの手をにぎろうとした。
 その瞬間、アスカは、さみしげに笑った。
 ふっと、かききえる。

 以来、汚い子は二度とあらわれない。
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