第33話 赤信号
文字数 1,648文字
まただ。また、この場所で赤信号につかまった——
秀夫は地方都市に住む会社員。
職場へは毎日、マイカーで通勤している。
判で押したように、同じ時間に出勤し、定時で帰宅する。
だからきっと、そのせいだろう。
いつも同じ場所の交差点で、信号につかまる。
同じ時間に自宅や会社を出て、必ず法定速度を守って走っているのだ。交差点までかかる所要時間はキッチリ同じはず。信号が赤に変わるタイミングで通りかかるのだろうと、秀夫は考えていた。
あまりにも、毎度毎度ひっかかるので、あるとき、ちょっとしたイタズラ心で、わざと仕事終わり、会社の駐車場で五分待ち、時間をずらして帰ってみた。それでも、やっぱり、信号は秀夫の目の前で赤に変わった。
五分でダメなら、三分では?
十分では? 十二分?
いろいろ試してみたが、どうしてもひっかかる。
ほかの場所の信号では、タッチの差で行けた、行けないなど、その日その日で違いがあるのに、なぜか、その交差点だけ、いつも赤。
さすがに薄気味悪くなってきた。
そんなある日。
めずらしく残業になってしまった。
いつもより帰りが大幅に遅れ、秀夫はあせっていた。
一分一秒でも速く家に帰りたい。
それで、いつもよりスピードが出ていた。
そして、あの交差点までさしかかったとき、また目の前で信号が青から黄色に変わった。
いつもなら、そこで停車するのだが、今日は子どもの誕生日で、早く帰れと妻に口うるさく言われている。こんなに遅くなって息子は泣いているだろう。
左右を見るが信号待ちの車はない。対向車もいない。
自転車、バイク、人影などもいっさいない。
今から、つっこめば、多少、赤にかかるかもしれないが、行けないことはない。
誰に迷惑をかけるわけでもないし、かまうもんか。
秀夫はアクセルをふみこみ、交差点に入った。
その瞬間、信号が黄色から赤に変わる。
時速は七十キロ。
一瞬で交差点を渡る——はずだった。
どまんなかを通過したときだ。
いきなり、ガンと車体に衝撃があった。ヘッドライトに女のシルエットが浮かびあがり、消える。
人をひいた——
秀夫は全身の血が足元にさがっていくような気がした。
急ブレーキをふむが、停車したときには、とっくに交差点は通りすぎている。
あわてて車の外に出て、ひいたはずの女を探した。
車のまわりは、もちろん、交差点、歩道、ガードレールの外、そのまわりの田んぼのなかまで。
ダッシュボードのなかに懐中電灯があったから、それで暗闇を照らしてみた。しかし、どこにも女の姿はない。
もしやと思い、車体をしらべてみたが、どこもへこんでいない。
錯覚……だったのだろうか?
狐につままれた思いだが、事故の痕跡がまったくないのだから、何かのまちがいだったのだろう。
疲れているから、一瞬、居眠り運転をしてしまったのかもしれない。それで人をひいてしまうというリアルな夢を見てしまったのだ。きっと、そうだ。
自分に言い聞かせて、秀夫は自宅へ帰った。
ハンドルをにぎる手が小刻みにふるえた。
とは言え、あの交差点をすぎたあとは、とくに異常なことはなく、ぶじに我が家についた。
ほっとしながら、車庫に車を入れる。ギアを切りかえると、ナビの映像がバックモニターの画像に変わる。
それを見て、秀夫は絶叫した。
車体のうしろに女がしがみついていた。バンパーに片手をかけ、全身は地面によこたわっている。ここまで、あの態勢でひきずられてきたのか?
いや、ひいたと思ったあと、念入りに車まわりは調べた。絶対に人なんかぶらさがっていなかった。
我に返って見直すと、女の姿はモニターから消えていた。
それ以来、あの交差点で赤信号にひっかかることはなくなった。
なんだかわからないが、悪いものがあの場所からいなくなったのだろう。
秀夫は安心していた。
けれど……。
バックモニターの画面だけは見ることができない。
今も、あの女がそこにひっついているのではないかと、ときおり、むしょうに怖くなる。
秀夫は地方都市に住む会社員。
職場へは毎日、マイカーで通勤している。
判で押したように、同じ時間に出勤し、定時で帰宅する。
だからきっと、そのせいだろう。
いつも同じ場所の交差点で、信号につかまる。
同じ時間に自宅や会社を出て、必ず法定速度を守って走っているのだ。交差点までかかる所要時間はキッチリ同じはず。信号が赤に変わるタイミングで通りかかるのだろうと、秀夫は考えていた。
あまりにも、毎度毎度ひっかかるので、あるとき、ちょっとしたイタズラ心で、わざと仕事終わり、会社の駐車場で五分待ち、時間をずらして帰ってみた。それでも、やっぱり、信号は秀夫の目の前で赤に変わった。
五分でダメなら、三分では?
十分では? 十二分?
いろいろ試してみたが、どうしてもひっかかる。
ほかの場所の信号では、タッチの差で行けた、行けないなど、その日その日で違いがあるのに、なぜか、その交差点だけ、いつも赤。
さすがに薄気味悪くなってきた。
そんなある日。
めずらしく残業になってしまった。
いつもより帰りが大幅に遅れ、秀夫はあせっていた。
一分一秒でも速く家に帰りたい。
それで、いつもよりスピードが出ていた。
そして、あの交差点までさしかかったとき、また目の前で信号が青から黄色に変わった。
いつもなら、そこで停車するのだが、今日は子どもの誕生日で、早く帰れと妻に口うるさく言われている。こんなに遅くなって息子は泣いているだろう。
左右を見るが信号待ちの車はない。対向車もいない。
自転車、バイク、人影などもいっさいない。
今から、つっこめば、多少、赤にかかるかもしれないが、行けないことはない。
誰に迷惑をかけるわけでもないし、かまうもんか。
秀夫はアクセルをふみこみ、交差点に入った。
その瞬間、信号が黄色から赤に変わる。
時速は七十キロ。
一瞬で交差点を渡る——はずだった。
どまんなかを通過したときだ。
いきなり、ガンと車体に衝撃があった。ヘッドライトに女のシルエットが浮かびあがり、消える。
人をひいた——
秀夫は全身の血が足元にさがっていくような気がした。
急ブレーキをふむが、停車したときには、とっくに交差点は通りすぎている。
あわてて車の外に出て、ひいたはずの女を探した。
車のまわりは、もちろん、交差点、歩道、ガードレールの外、そのまわりの田んぼのなかまで。
ダッシュボードのなかに懐中電灯があったから、それで暗闇を照らしてみた。しかし、どこにも女の姿はない。
もしやと思い、車体をしらべてみたが、どこもへこんでいない。
錯覚……だったのだろうか?
狐につままれた思いだが、事故の痕跡がまったくないのだから、何かのまちがいだったのだろう。
疲れているから、一瞬、居眠り運転をしてしまったのかもしれない。それで人をひいてしまうというリアルな夢を見てしまったのだ。きっと、そうだ。
自分に言い聞かせて、秀夫は自宅へ帰った。
ハンドルをにぎる手が小刻みにふるえた。
とは言え、あの交差点をすぎたあとは、とくに異常なことはなく、ぶじに我が家についた。
ほっとしながら、車庫に車を入れる。ギアを切りかえると、ナビの映像がバックモニターの画像に変わる。
それを見て、秀夫は絶叫した。
車体のうしろに女がしがみついていた。バンパーに片手をかけ、全身は地面によこたわっている。ここまで、あの態勢でひきずられてきたのか?
いや、ひいたと思ったあと、念入りに車まわりは調べた。絶対に人なんかぶらさがっていなかった。
我に返って見直すと、女の姿はモニターから消えていた。
それ以来、あの交差点で赤信号にひっかかることはなくなった。
なんだかわからないが、悪いものがあの場所からいなくなったのだろう。
秀夫は安心していた。
けれど……。
バックモニターの画面だけは見ることができない。
今も、あの女がそこにひっついているのではないかと、ときおり、むしょうに怖くなる。