心の無い君に愛情を。
文字数 3,362文字
結婚率の低下や少子化問題を打破するために政府は『恋人ホムンクルス』なるものを導入した。
『恋人(愛人)ホムンクルス』とは、容姿・性格・価値観など全て自分好みの理想の異性を人工的に造る事ができるプロジェクトである。結婚したいと思える恋人像を役所で申請書に記し、そして希望通りのホムンクルスを国が造ってくれるという政策だった。
『恋人ホムンクルス』の御蔭で、日本の結婚率と出産率は上がった。
主人公も『恋人ホムンクルス』を申請したのだがーーーー?
美しいホムンクルスキャラを書きたくて、書いた作品です。美しいホムンクルスって良いですよね……。
※この作品は「pixiv」「エブリスタ」にも投稿してます。
「初めまして。この日を今か今かと待っていたよ。こちらこそ、宜しく……」
にこりともしない彼女は、表情筋だけではなく、もっと何か大事なものを失くしているように見えた。
そんな不安を感じた俺に、中年の公務員の男が深く頭を下げた。
処分。
その単語を聞いて、俺の中に怒りが湧き上がった。
人間の勝手な都合で生み出された『恋人ホムンクルス』は、人間に造られた存在とは言え、命ある尊き生命体であることは、人間と一緒だ。
ホムンクルスだからという理由で、簡単に処分する政府の考えに唾を吐きつけたくなった。
これから、俺と彼女ーーー葉桜ヒナミは、どう共に過ごせば良いのか、俺は不安で仕方なかった。
好きなアニメキャラと同じ声が、俺を起こす。
ヒナミには、好きなアニメの女性キャラの声にしてもらうように申請していたのだ。
「おはよう、ヒナミ」
そう挨拶を交わすと、ヒナミはさっさと寝室から出て行った。
身支度をしてから食卓を見ると、二人分の美味しそうな朝食が用意されていた。
「美味そうだな」
その返事に苦笑してしまう。
「こういう時は、ありがとうと言えば良いんだよ」
そうペコリと頭を下げる彼女が、まるで幼子のようで微笑ましかった。
例えホムンクルスでも、人間によって造られた存在であっても、彼女も生き物であり人間だ。
それを、まるで物のように思っている人間に腹が立つ。
「心配する事は無い。俺がきっと……きっと、君に感情を与えてみせる」
例えホムンクルスだろうと、彼女の代わりなんて居ないんだ。
彼女は俺が守ってみせるーーー。
俺の昔の夢は作家だった。
高校生の頃に、自分の才能の無さを自覚し、その夢は捨てたが、今は趣味として、インターネット上の小説投稿サイトで物語を生み出している。
だから、小説を書くのに必要な資料などは捨てていない。
その中から一冊を選び、それをヒナミに渡した。
「君が感情を知るには、最初はそれが役に立つと思ってね。まずは、その辞書で様々な感情を認知してもらうのが良いかと思って……」
辞書を開いて文字を追うヒナミは、不思議そうに言った。
辞書を読む彼女の表情からは、ヒナミが何を考えているのか分からなかった。
「愛というカテゴリーが、五十音順的に一番最初だからだ」
しばらく、愛に関する単語の説明を読んでいたヒナミは、ふと顔を俺のほうに向け、こう問うた。
「君への愛か……。うーん……」
予想もしてなかった質問に、一瞬面食らったが微笑んで答えた。
「愛護かな」
ヒナミは、俺を見詰めた。
まるで、自分には生きる価値が無いと言っているような言葉に、胸が苦しくなる。
「自然に生まれた者も、例え君のようにホムンクルスでも、生きる価値はある。だから……俺は君を処分なんてさせない。守るよ」
ヒナミは少し黙った。
愛護。
そう呟いて、ヒナミはまた辞書に目を通した。
辞書を与えてから、ヒナミは事あるごとに、俺が今、どんな感情を抱いているか質問してくるようになった。
一生懸命、心を知ろうとしているのだろうか?
そうだとしたら、それらの様子に父性に似たものを感じて、微笑ましかった。
ヒナミと一緒に暮らし始めて、春夏秋冬、全ての季節を共に過ごした。
ヒナミは合鍵を俺に返そうとしてきた。
「どうしたんだ」
そう言ったヒナミの瞳から、
涙が零れ落ちた。
何だ、あるじゃないか。
感情が。
心が。
そして、きっと愛情も。
「ヒナミ……。俺は君と一生を共に過ごしたい……」
もっと、色んな感情があるはずだが、それを模索するよりも先に、俺は彼女を抱き締めた。
「俺は、君をーーーー」
好き(好む)……愛顧、愛好、好意、好感、夢中、いとしい。