伊予の司令官を務める石本ユミカ准将は、今治を襲った事件の犯人を追って、瀬戸内海を渡り、明治時代からの海軍工業都市である安芸 呉港へと出航した。
伊予に残った松山なつき姉妹らは、市内の石油化学コンビナートに迫り来る、未知の兵器に立ち向かうが、その先に私達を待ち受けていたのは…。
潮風保育園全焼事件から数か月後
サイドワインダー伊予松山基地
「木菟児童院の建設工事は順調そのものだったわ」
ユミカは木菟児童院の建設現場の視察から戻って来た。
木菟児童院の建設は順調そのもので、竣工後は駒鳥児童院同様、サイドワインダー伊予松山基地の直接管理運営となる。
しかし、司令官室の前になつきが立っていた、その後ろには20代後半だろうか…一人の女性が立っていた。
「この方は藁にも縋る思いで、今治市からアタシ達の所へ来たそうです…」
「なつきさん、部屋へ通して下さい。それとお茶とお菓子もお願いね」
ユミカは司令官室へ女性を通した。
そして、なつきがお茶とお菓子を女性の前に差し出した。
「多少かも知れませんが、心が落ち解れますよ」
女性は村本と名乗り、言葉を絞り出すようにユミカに話し出した。
村本
「…私の娘を辱めた上に殺した鬼畜生に相応の裁きを下して欲しいのです…」
彼女の話によると、3か月前まで娘さんが居た。
娘の遥香ちゃんは、当時初等学校に入学して間も無かった。
遥香ちゃんが3歳の頃に交通事故で夫を亡くした彼女にとって、遥香ちゃんは生きる希望だった。
幸いにも近くに住む両親の助けもあり、二人は仲睦まじく暮らしていた。
「なるほど…娘さんがあなたの希望そのものでしたか…私も母親なので良く分かります」
話は3か月前のある日、彼女が仕事から帰って来たものの遥香ちゃんの姿が無い事に気付いた。
この時の帰宅時刻は19時頃、遥香ちゃんは祖父母の家に居ると思っていた。
「私は両親や近隣の方々の手も借りて必死に遥香を探しました…本当に心臓が潰れるのではないかと思う程不安でした…」
「はい…ですが…数日経っても遥香は見付からず…1週間後に警察から『遥香が遺体で見付かった』と連絡があって…」
警察からの資料によると、遥香ちゃんは山中で遺体となって発見され、司法解剖の結果、遥香ちゃんは凌辱された末、亡くなったという。
「気を確かにして聴いて下さい…犯人は坂崎という男で…警察からの資料にもありますが…坂崎は異常なまでの小児性愛者とあります…」
犯人が完全に常軌を逸した鬼畜生だと知った村本氏は、その場に泣き崩れた。
「なんで…なんで私の娘はあんな鬼畜生の欲望の吐き口にされなければならなかったんですかっ…」
「娘は私にとって唯一の生きる希望だったんです!! それをあの畜生は欲望の吐き口にして殺した! そんな人で無しが闊歩している事が私には絶対に許せないんです!!」
サイドワインダーの司令としてだけではなく、一人の母親としても、この慟哭を看過する事などできなかった。
「…分かりました、あなたの怒りと娘さんの無念…私に預けさせて下さい」
「ありがとう…御座います…娘と一緒に生きたかったんです…」
自らの嗜好の為に力無き幼子を凌辱し、命を奪う鬼畜に生きる価値など微塵も無い…。
「未来ある子供達を我欲の吐き口にした以上…この私から逃げられると思うな…!!」
犯した罪の重さをその五体に刻む…さぁ、断罪の時間だ!!
犯人の坂崎という男の資料を読み返していると、坂崎は安芸県 呉市(広島湾)に本籍があり、伊予には一時的に来ていたという。
しかも、報告によると坂崎は本籍の安芸県 呉市に住んでいるという情報も入った。
「…(安芸となると…畿内軍閥にも一報入れる必要があるわね…)」
そして、ユミカは畿内軍閥のある人物に連絡を取った。
﨔木 長門守 夜慧
「なんだ、お前から連絡寄越すとは珍しいな"瀬戸内の聖母"さんよ」
彼女の名は、﨔木 長門守 夜慧。
関西州と山陽道などを統治する「畿内軍閥」の構成員の一人だ。
「お前が俺に話をするって事は…坂崎絡みの事だろ?」
「話が早くて助かるわ、それで…坂崎はどうなってるの?」
「坂崎なら、児童誘拐の現行犯で逮捕して身柄を拘束している。何なら呉港の憲兵大隊基地までそいつの面を拝みに来るか?」
「そうしてもらうと助かる、お前の怒気を浴びせれば坂崎も大人しくなるだろうよ」
「アイツの顔を見た瞬間ムカついたよ…オマケにユミカさんの怒りはあんな程度じゃ収まらないよ」
こうして、ユミカらは安芸県 呉市にある、畿内軍閥の憲兵大隊基地まで足を運んだ。
「どうも、サイドワインダー伊予松山基地司令、石本ユミカ准将です」
畿内軍閥 憲兵隊員「はっ、尋問室に移してあります」
「コイツを取り調べても知らぬ存ぜぬの一点張りなんだよ。お前が頼みの綱ってわけさ」
ユミカが坂崎の前に座ると、尋問室の空気が一気に重くなった。
そして、取り調べが始まった。
「被害者や絶望の淵に叩き落とされた遺族に申し訳ないと思わないのかしら…?」
その日の伊予松山は、滝のように雨が降る「土砂降り」だった。
「そんなの居るわけ…ん? 何だろう? あの石のローラー?」
なつきが、不自然に置かれた石のローラーに気付いた。
その石のローラーは、人工的に造られて置かれたのかどうかも不明だ。
「確かに石のローラーですね…ついさっきまではあんなの無かったのに…」
「いつき、得体の知れない物に闇雲に近付くのはやめてよね」
3人は遠くから、石のローラーを観察していた…その時!
雷が、あの石のローラーに直撃したのだ。
すると、士官が異変に気付いた。
士官が指差した先には、見た事の無い飴のような人型の怪物が前後のローラーを挟むように跨っていたのだ!!
「ひとまず基地に連絡を! あんな得体の知れない怪物が暴れ回ったら甚大な被害が出る!」
「どうやら私達じゃ太刀打ちできないみたいだしね…!」
「多分、レーダーには反応しないけど肉眼でなら見える…とかじゃない?」
「みんな、ひとまず基地に戻るよ。あの怪物に見付からないようにね…!」
こうして、基地に無事帰還した3人は、事の経緯を全て話した。
しかし…。
「それって実体が無いって事だよね…つまり、叩いても無駄って事!?」
「基本的な物理攻撃全てが効かない…という事ですよね」
「打つ手無し…レーダーにも映らない相手をどうしたら倒せるのかしら…」
打つ手が無いサイドワインダー…しかしある人物が話に割って入った。
桜橋 蘭香
「実体を持たないならば、衝撃を与えて実体化させれば例の怪物を倒せます!」
彼女の名前は、
桜橋蘭香。
蘭香もまた、別次元の宇宙から来た人間だ。
どうやら、例の怪物の名前や対処法も知っているようだ。
「怪物の名前は飴人…飴人は次元の歪みから生まれた見た物全てを破壊する怪物です…」
「飴人は実体を持ちませんが、強い衝撃を与えれば実体化させる事ができ、倒す事も可能です」
「つまり、強い衝撃を与えて実体化させれば倒せるんですね!?」
「では、今回はグレネードを多く装備して出撃して下さい。被害が大きくなる前に飴人を撃破しましょう!」
しかし、レーダーに映らない異次元の怪物を探し出すのは困難…と思われたが、偵察飛行中の航空隊から連絡があった!
偵察任務機のパイロット
「こちら、偵察隊です! 飴人を大可賀の石油コンビナート内で発見! 現在、設備を破壊しながら石油貯蔵エリアに向かっています!!」
「事は一刻を争うみたいだね…みんな! 行くよ!!」
ミナト達は、飴人が破壊している石油コンビナートへと急行した!
万が一、石油コンビナートの貯蔵施設が破壊されようものなら甚大な被害が避けられない!
飴人はなおも石油コンビナートの施設を破壊しながら、石油貯蔵エリアへと向かっていた。
そしてそこへ、ミナト達サイドワインダーが駆け付けた!
「皆さん! 早く避難を! ボク達があの怪物を倒しますから!」
士官とイズミは従業員達の避難誘導に当たり、ミナト達は飴人を倒すべく走り出した!
ミナトが飴人を誘導する、ハンター隊の中でも飛び抜けた身体能力を持つミナトだからこそ成せる技だ。
そして、石油貯蔵エリアからある程度離れた所でグレネードを飴人のローラー目掛けて投擲した。
飴人がローラーでグレネードを轢き潰したその瞬間、グレネードが炸裂。
飴人のローラーが破壊され、飴人が実体化した!
松山姉妹、そして避難誘導を終えたイズミと士官が飴人へ総攻撃を仕掛けた!
飴人が実体化すると全身真っ黒になった、これならありとあらゆる物理攻撃が通る。
「「「合技『断罪の天泣』っ!!」」」
これらの攻撃で、飴人の身体は弾け飛ぶように消滅した。
被害も最小限に留める事もでき、今回の騒動は終わりを迎えた…はずだった。
東海道 駿河県 静岡市 清水区
「…ウルスラ様! これは一体、どういう事ですか!?」
サイドワインダーと同盟し、嶺咲ウルスラらの増援軍を四国に派遣している、東海地方の十三宮教会に、凶報が届いた…。
「で…ですから、安芸 呉港で拘束されていた坂崎という容疑者が、サイドワインダーに所属する軍人の暴行で、取り調べ中に死亡したと…」
「四国の兵が被疑者を殺めた、という事ですね…」
「はい、じゃないですよ! 事の重大さを分かっておられるのですか!?」
「す…すいません」
(…じゃあ、どう答えれば良いんだよ全く…)
「罪人への拷問は、国内外の法により厳しく禁じられております! それで、本件の責任者はどなた様ですか?」
「まだ情報が錯綜しておりますが、現場には石本ユミカ様が立ち会っていた…とも伺っております」
「ユミカ様…私より一つほど年下であったと存じますが、如何に坂崎様が大罪を犯したとは言え、幾ら何でも度が過ぎていますよ…!」
「サイドワインダーの皆様は、極めて強い正義感を持つと同時に、極悪人への激しい憎しみ、残酷な裁きさえも正当化する傾向が見られますね…」
「憎しみは、憎しみしか生まないのに…そう言えば、先日の保育園が放火された事件でも、確か犯人の方は獄中で、不可解な死を…」
「ええ、曽我部社長の件ですね…どうもサイドワインダーの皆様は、若くて血気盛んな事もあり、捕虜の扱いが雑と申しますか…」
「このような事を二度と繰り返さぬよう、南海道の政府に書状を送ります。ウルスラ様からも、皆様方にお伝え下さい。私達が、義を見失わぬために…!」
毎日のように戦死と蘇生を繰り返し、そもそも人間なのかさえ怪しい東山備中を討つだけならば良いのだが、曽我部・坂崎ら人間の捕虜に対するサイドワインダーの暴行が問題視されれば、国内外から軍需品などの支援を受けられなくなる恐れがある。
四国4県を統治し、サイドワインダーを統帥する南海コモンウェルス政府は、石本ユミカ伊予司令官らの一時停職などを検討する事になった…。
「あ、姉様! 今さっき、鳥羽魅兎様から新しい資料が届いたんだけど、気になる事が書かれているの! 要約すると…今回の事件の被害者が、実は…」
坂崎容疑者に殺害された村本遥香は、潮風保育園放火事件の目撃者であり、その実行犯に関して「黒沢俄勝とは異なる人影を見た」と証言していた…!
「まさか、口封じのために…ならば、此度の坂崎様も…放火事件の真犯人に、黒幕に唆されて罪を犯し、最期は捨て駒に…一刻も早く、報告しなければ…!」
慌ただしく動き回る教会の姉妹二人が、その場から離れたのを確認した嶺咲ウルスラは、取り出したノートを開く。
そこには、一連の事件で犠牲になった被害者(村本遥香ら多くの子供達)と、不審な死を遂げた加害者(曽我部・坂崎)の名前が記されていた。
そして…下の行には、こう書かれている…「石本のぞみ」と。
何も聞こえていないはずなのに、何か聞こえたような気がした巫女服の少女は、急ぎ足を止め、四国・瀬戸内海を覆う西南西の空へと振り向いた。
「どうしてだろう…嶺咲様の優しい瞳は、何かを悲しんでいるように見える…」