桜橋 蘭香
文字数 3,482文字
南海コモンウェルスは、東山備中の強姦で産み落とされた子供達の孤児院を、四国4県に設立し、サイドワインダーの将兵らが運営に当たっていた。
しかし、そんな彼女らを悩ませていたのは…東山の子供達が、父親と同じような凶悪犯罪者に成長してしまうのではないか?という不安であった。
本来、人間の後天的な性格・思想などは遺伝しないから、親が犯罪者だからと言って、子供も同じような罪を犯すと決め付けるべきではない。
けれども東山備中は、地球人類の理解を超越した生命体であり、その遺伝子には、人格を凶暴化させるプログラムが埋め込まれている…という説もある。
東山の遺伝子を受け継いで生まれた子供達に、父親の好ましくない形質が発現してしまう事態は、どうにかして避けたいが、そのためには、子供達の遺伝形質を改造する技術が必要である。
そのような技術は実現可能なのか、可能だとしても倫理的に許されるのか…そんな議論の最中に、日本列島の遥か上空から、瀬戸内海・四国を見下ろす母子の姿があった…。
『We will arrive at the Earth soon. Repeat, we will arrive at the Earth soon. Please be careful not to forget』
もうすぐ、地球という星に着く。昔、旅行した時はとっても綺麗で食べ物も美味しかったけど、今はどうなってるのか分からないな……あ、いや、大体酷い惨状なのは想像つくかも。南海コモンウェルスなる団体の噂を遠い星の私達ですら色々聞くくらいだし……アイツ、居るみたいだし……。
この子が産まれてすぐ、産声も上げないうちから、この黄色い瞳に
赤髪までは書き換えられなかった私の娘。
なぜ赤髪が嫌なのか……かの有名な宇宙指名手配犯、東山備中と同じ髪色だからだ。
その日は比較的平和だろうという事で、訓練生と隊員によるパトロール訓練が行われていた。
3人一組、
赤髪の巻き毛ツインテール、間違い無い。
東山の特徴の少女がそこに居る。
だが、何か様子がおかしい。
東山なら、女性を見た時点で強姦を仕掛けるはず……しかし、その少女は襲うどころか誰?と周りの住民達に
ゆりと呼ばれた少女は、ママと自称した女性の所へ走って行く。
そして、女性は訓練生を見て微笑み、こう続けた。
その異様な光景に目を奪われていると、突然、手が空いてる子は居るかな?と蘭香は私達に訊いて来た。
あまりにも危険だ、仮にも東山の娘、何をしでかすか分からないのに。
せめて子供に聞かれたくないならば耳打ちで良いから軽く契約を交わさねば。
その動作をバッチリ見ていたはずだが、蘭香は気にも止めない顔で話に応じる。
取り敢えず預けて遊んでてもらう事にした。
東山の話と犯罪の話はしないようにと釘は刺してある。
旨過ぎる話か……?
そもそも東山の話が上がった時点で色々おかしい。
そうは思うが取り敢えず話を最後まで聴かないと……。
東山の娘であり母の刻印によって別人となった遊理という少女。
その証拠か、彼女の目には母親である蘭香の目には無い桜の模様がくっきりと浮かんでいる。
あやしていて不思議だが、危険性は感じられない。
無邪気な少女そのものだ。
あぁ……道理で……屈託も無く、無邪気な顔で笑っている目の前の少女に嘘も何も感じられる訳が無い。
こんなに母親の愛で育ち、満たされ、守られている。
それを遊理は自らしっかりと証明しているのだから。
この日本にしか、自生して咲く事ができない事を意味している。
あぁ、蘭香は本当にこの星を愛し、日本を守りたいと思ってくれているのかも知れない。
このような可愛らしい子が、なぜ東山の娘なのだろうか。
東山にふつふつと怒りが湧いて来る。
その時だった。
そして息を吸って彼女は歌い始める。
不思議だ……凄く癒される歌声だ。
まるで……そう、心の痛みを和らげて、私がそばに居るよと、微笑み掛けられているような、そんな安心感を与えられている気がする。
桜橋蘭香が遊理に施した「母の刻印」とは、子供の心身をほとんど傷付けずに、東山備中の遺伝形質が有害に作用するのを抑制する技術(地球人から見れば超能力)であった。
桜橋の出自には疑問が残るが、彼女の技術を地上で実用化できれば、多くの子供達を守る事ができる。
自らも東山備中の子供(石本のぞみ)を産み育てている伊予サイドワインダー司令官、石本ユミカ准将の意向もあり、桜橋母子は松山基地への受け入れを許可される事になった。
以後、東山備中の遺伝形質を抑制する「母の刻印」技術が、地上での実用化に向けて研究され始め、治験が完了次第、四国を中心とする東山の子供達に施される予定である。
もっとも、この施術を受ける前に四国・瀬戸内海を離れ、東山備中の気質を色濃く受け継いだまま、成人して生きている者も居る。
その人物の名前が「嶺咲ウルスラ」である事を、私達はまだ知らない…。