碓井 丹波守 槐
文字数 14,258文字
平安時代、12世紀の末期。
鎌倉を中心とする東国の源氏と、西国の平家の軍勢が、瀬戸内海を舞台に、最後の決戦を繰り広げていた。
多くの武士団が戦乱に動員され、一人また一人と、その命が失われて逝く。
そして今、一つの時代が終焉を迎える中で、天下に名を残した歴戦の老将が、その時代と共に、この世に別れを告げようとしていた…。
「…もう、我が命は長くない…今はただ、お迎えを待つだけじゃ…」
「…
「…我が死なば、この亡骸を即身仏(ミイラ)として本尊に祀り、
「…案ずるでない、我は
多くの人々を救い、生前から「
軍神の臨終を見届けた巫女は、その遺言に基づき、丹波菩薩を祀る社寺を建立し、そこに御遺体を安置して、後世の人々に託した。
軍神様が永遠の御存在として、私達を見守り続けて下さると信じ、そして、いつかこの世界に復活して下さる日を待ち望んで…。
瀬戸内海では、凄絶な合戦が続いていた。
人々は、
特に、先程の丹波菩薩を崇拝する「碓井教」のほか、関西の「花月地宗」や、古代からの「水上教」などが流行していた。
しかし水上教は、教祖が碓井教との決闘に敗れ、残った信者達も相次いで戦死し、教団は崩壊しつつあった。
瀬戸内海での決戦に敗れ、追い詰められた水上教徒に残された選択肢。
それは神の御名を唱え、来世の救済を願いながら、自ら命を断つ事であった…。
そう言って、水上教の信者だった武士達は、次々と瀬戸内海への入水自決を遂げた…。
この日、水上教の信者は全滅し、彼らが信仰していた女神の名前と共に、歴史から姿を消した。
忘れ去られた女神は、瀬戸内の
一方、碓井教を支持した東国の武士達は、やがて鎌倉幕府を
また、第三勢力の花月地宗は、この瀬戸内海での決戦において、勝者と敗者の双方に恩(仏具と武器)を売り付け、密かに儲けていたらしい。
そして、それから数十年、更に数百年の歳月が過ぎ…。
この寺院の名前は、聞いた事がある。
前に十三宮教会が、海賊に襲われた戦災孤児の救出作戦に出撃し、十三宮カナタ達を保護した頃、同じような活動をしていたのが花月地院だった。
「い…いや、気持ちは嬉しいけど、今ここじゃ不味いって! 誰に見られるか分から…って、ちょ…ちょっと、勝手に服を脱がさないでよ!」
「きょ…今日は、美保関さんと夜遅くまで『遊ぶ』予定があって…いや、別に隠してたわけじゃない! さっき急に決まって、だから…えっと、その…」
取り敢えず、仕切り直して…。
こうして、皆で初詣へと向かう事になったのだが…。
「…仁さん、この道で本当に合ってるの? こんな山奥みたいな場所、地元の下町にあったっけ?」
十三宮仁は、少し方向音痴な所があり、地図を読むのも得意ではないが、しかし地元の道に迷った程度で、こんな異界のような所に迷い込むだろうか…?
地理科目が得意な十三宮カナタも、自分達がいつの間にか、本来のルートから外れてしまっている事に、今まで気付かなかったようだ。
「うーむ…私の端末だと、電波回線が圏外みたいだ…確かカナタさん、最新世代の機種を契約したんだよね? 通話もネットも使い放題の」
そうして十三宮カナタは、最新機種「ウサンドロイドフォン13」のマイクに話し掛けてみる。
しばらく歩くと、森の参道を抜けた先に、古い社寺のような遺跡が見えてきた。
そこには…千年の昔から時間が止まっているかのような、神秘的な空間が広がっていた。
見るからに古そうな石碑に、これまた古そうな文字列が書かれている。
漢字のようだが、難しい書体で刻まれており、そう簡単には読めそうにない。
十三宮カナタは、先程のウサアプリに碑文を解読させようとしたが、それよりも少し先に、十三宮仁が読み上げ始めた。
南 南 南
無 無 無
花 碓 水
月 井 上
地 大 大
権 菩 明
現 薩 神
「さすが、仁さん! どうやら神様・仏様の名前みたいだけど、あまり見覚えが無いね。この花月地…ってのは、どこかで聞いたような…」
何かが、おかしい。
気のせいかも知れないが、周囲の雰囲気に異変が起きているような…?
「…なんか、少し不気味な感じがするし、そろそろ戻ったほうが良いんじゃないかな?」
社寺の周囲、先程まで森しか見えなかった場所が、いつの間にか、辺り一面の墓地になっていた…!
数え切れない墓が建ち並び、その隙間を埋めるように、あの神々の御名が書かれた木簡が、何本も何本も突き刺されている。
そして十三宮仁は、まるで何かに取り憑かれたかのように、それぞれの墓碑を読み上げてゆく。
読み進めるに連れて、それまで穏やかだった周囲の風が、だんだん強く吹き始める…。
「わ…分かった!」
周縁の墓場から、境内中央の社殿を目指して、一斉に走り出す三人。
そんな私達を試すかのように、風向きが急に変わり、異常に強い向かい風が、行く手を阻む。
このままでは進めない…と思っていたら、十三宮仁が両手に二本の庖丁を構えた。
そう言って、両手で前方の空を切ると、斬れないはずの気流に攻撃が当たり、向かい風が真っ二つに割れた。
「私達、見えない敵と戦っているようだね…」
こうして、社殿の前に到着。
かなり古い建築のようだが、賽銭箱が置かれているのは現代の社寺と同じで、その隣には…何故か凄い数のお菓子がお供えされている。
そして、両足・両手・頭部を地面に付けて土下座する、神仏への最敬礼である「五体投地」を拝すると…暴風が止まり、暗雲が晴れた。
そして、遂に社殿の中へと足を踏み入れた十三宮家の三人。
そこで、私達が見たものとは…!?
神聖なる社殿の室内で、呑気に惰眠している不審者が約一名…。
どうやら、この子供は自分を「神」だと思い込んでいるらしい。
もちろん、こんな子供の寝言を信じる人など居るわけが…。
あ、ここに居た。
その「由緒書」には、こんな事が書かれていた。
この社寺に祀られている神霊は、丹波大菩薩こと「碓井 丹波守 槐」である。
碓井丹波は、平安時代に活躍した偉大な武将であり、数多くの邪神・悪鬼を退治して、人々を救った英傑である。
死後、この社寺に即身仏として祀られ、天下の
江戸時代に、隠れキリシタンの怨霊である黒沢俄勝が天地を襲った際にも、人々は碓井丹波の神力によって、かの怨霊を撃退したと言い伝えられている。
そして…2649(光復元)年の天変地異で、宇宙のパワーを得た碓井丹波は、ミイラから蘇り、生ける現人神として、この世界に再臨したという。
ついでに、その宇宙からの変な放射線を浴びた副作用で、外見が江戸川の名探偵レベルに若返った模様。
なお、近年は参拝者が減少しているので、新しい信者を獲得するため、適当な人間達を神隠しに遭わせ、この社寺に迷い込ませているらしい…。
水を探す班は、南アルプス赤石山脈と八ヶ岳に挟まれた、甲斐の七宝院学園へと向かう事に。
一方、十三宮カナタの班は、碓井様への御馳走となる料理を探しに行ったのだが…。
しかし、そこで十三宮カナタ達を待ち構えていたのは、恐るべき強敵であった…!
山田玉子、参戦!
山田玉子、終了。
山田玉子、復活!
その時、十三宮カナタは思った。
少なくとも、あんな自称「団長」の部下として働くような未来は、どんな二次創作の世界であろうと、絶対にあり得ない解釈だな…と。
何はともあれ、世界最高級の
碓井槐が手を向けると、持参した天然水から泡と湯気が浮かび、温泉のように温まった。
まだ神水は、たくさん余っているので、別の瓶に入れてある冷水で、
地域差はあるが、新時代の日本列島は、宗教の影響もあって飲酒・喫煙のルールが厳しい。
違反すれば実弾が飛んで来る、なお「高額納税者だから」なんて言い訳は通用しない、するわけが無い!
そして、温泉のように熱くなった水の残りは…問題の「料理」に使用する。
こうして、お子様セット…じゃなくて「碓井丹波大菩薩お供え定食」が完成したらしい。
そして、次の瞬間!
「あ…」
碓井槐、生涯で二度目の死後硬直を迎えたかの如く凍結、その死相は「これじゃない」という切実な遺言を物語っていた…。
「…カナタさん、パッケージを読んで」
やってしまった…アルコールを抜く事に気を取られて、同等ないしそれ以上に抜くべき物を見落としていた…。
「何か、お口直しを用意しないと…そうだ、姉さんを呼ぼう! カナタさん、ウサアプリって食料品も買えるのかな?」
(ドーン!)
十三宮聖が、大慌てで駆け付けて来た。
その後、天下独尊(笑)のインスタント焼き蕎麦を取り下げ、大急ぎでデザートに取り替えて、どうにか神の怒りを回避する事ができた。
なお、十三宮聖は「食品廃棄は持続可能な発展に反する!」と言いながら、焼き蕎麦をチョコ味に変える努力をしたが、その魔法はチョコみたいに溶けた。
その後、十三宮仁らが中心になって、この社寺の知名度を上げるため、例大祭の開催などが企画される事になった。
平安時代の終焉から永い歳月を経て、この世に帰って来た碓井槐の元に、再び大勢の参拝者が訪ねてくれる日も、そう遠くはないかも知れない。
「仁さん、本当に良かったね…!(泣)」
これは、ある年の正月に紡がれた、世にも奇妙な…そして、心暖まる物語。
なお、碓井槐に拒否されて返品された辛子マヨネーズ焼き蕎麦は、鵜久森団と全国の義勇兵が、どうにか必死に残飯処理した模様。