◆第一章◆ 流浪の女(1)

文字数 1,048文字

 砂丘の頂へと辿り着き、眼下に広がる景色を一望する。
 延々と続くのは、これまでと変わることのない砂礫に覆われた大地。
 乾いた風音に肌を震わせる巨岩の群れ。
 霞んだ淡青(うすあお)の空から容赦なく注ぐ日射しは、熱波となって世界を黄褐色に焼き付けている。
 …………
「見ろよ、ニール。久々の街だ」
 視線の彼方で陽炎に揺らぐ集落の像を見つめながら。
 声の主はそう言って、マントのフードを上げる。
 日に焼けて緋色に変色した髪が晒され、熱い風に流れて揺れた。
 若い女だ。
「ここしばらく野宿続きだったからな。ここらで少しばっかり屋根の下で過ごすと洒落こむか。なぁ? ニール」
 女は続けるが、しかし。対する返答の言葉はない。
 無理もないことだ。広大な砂海(すなうみ)の中、見渡す限り、彼女自身以外に人影は無いのだから。
 ――と。彼女に応えるように低い啼き声が響いた。
 女は視線を落とし、相棒の(くび)を撫でる。
 白砂(しらすな)に映る馬影が揺れた。
 彼女が跨るのは鈍く光沢を放つ銀灰色(ぎんかいしょく)の馬鎧に全身を包んだ軍馬。
 ――否。
 鎧かと思われたそれは、美しく馬体のシルエットを描く外殻。
 額から延びるのは緩やかに湾曲した刃のような角。
 その静謐な顔に宿るのはうっすらと青白く光を灯す眼。
 前腕を包む外殻の隙間からは血筋の浮き出た筋骨ではなく、機構のような腕節が覗いている。
 鞍は背と一体となり、滑らかな流線で半身を覆い、剥き出しの脊椎のような尾へと繋がっていた。
 それはまるで勇壮な馬を模して造られた――機械の獣。
「さぁ、行こうぜ」
 陽光に輝く相棒から目を離し、女がその歩を進めようとした矢先。
 女が‘ニール’と呼ぶその獣が、一点に注意を向け、静かに警戒を含んだ声をあげた。その首が差す方向へと視線を巡らせると――
 街とは反対側に広がる砂漠の遥か先、その中に湧き上がる砂埃が目に入った。
「……ん?」
 双眼鏡を取り出し、正体を探る。
 勢いよく砂を切り、波飛沫のように上げながら進む巨大な影。砂煙に捲かれ、正しくその姿を捉える事は出来ない。しかし女は不敵に笑い――
「……丁度いい。目的地も一緒ときたか。久々に美味い酒が飲めそうだ。……じゃ、一足先に行ってのんびり待つとしようぜ」
 そう言って手綱を握りなおす。
 応じるよう嘶き、ニールが駆ける。
 残した蹄の跡を風がさらうより速く、鈍色(にびいろ)に輝く騎馬は街へと向けて砂の海を疾走する。
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