◆第三章◆ 遺されしもの(3)

文字数 1,866文字

 茜色の空が翳りを見せ、点々と星の輝きが瞬き始める。
 岩肌が削れ、洞になった部分を見つけ野営地に選んだ。
 夜は思いのほか気温が下がる。夜風に吹きざらしの環境では著しく体力を奪われるため、このような場所で暖をとって夜を明かすのが鉄則だ。
 ディーンは手慣れた様子で薪替わりの燃焼材を取り出し、山型に組むと火をつけた。
 ぱちぱちと音を立てて燃焼材が焼け、みるみるうちに火が勢いを増す。
「手慣れたもんだな」
 ゆらゆらと揺れる焚火の向こうからホークが感心した声を漏らす。
「屋根の下で過ごす方が少ないからな。こっちの方が日常だ」
 感慨もなくディーンは言った。そして傍らに座るニールに身を預けて座り込む。
 シルビアに乾草と水を与え終わり、ホークも腰を降ろす。
「しっかし、こんな儲からない話でよくやってられるな。ホーク」
 言いながらディーンは荷からワインボトルと、食糧袋を取り出す。
「そう言うお前さんこそ、こんな怪しげな話によく乗っかったもんだ」
「誘っておいてその言い草かよ。けどな――」
 コルクを抜き、瓶のままワインを煽る。
「ヤバい機構獣がいればそれを狩る。アタシのライフスタイルだ。話が怪しいかどうかなんて些細な問題なのさ」
 機構獣の脅威を排除すること。そして守ること――それがあの日に誓った自分の在り方だ。
「そうか。何にせよオレとしちゃ助かってる。自分で言うのもなんだが、こんな男を一応は信じてくれたことも含めて、な」
 ホークは干し肉をかじり、小瓶のウイスキーを流し込む。
「そいつも些細な事だけどな。だが、自分なりに見定めさせては貰った」
「なるほど。昨日の勝負はその試金石だった、ってわけだ。腕前と……それ以上に‘ココ’の」
 ホークは自分の胸板を軽く手で叩く。
「まあな。人間、苦しいときや、追いつめられたときに本性が出るもんだ」
 金で動く人間はわかりやすく、そして扱いやすい。だが、故に信が置けない。そういうタイプは行動原理が損得である以上、状況によって躊躇いなく手のひらを返す。危険を伴う環境において、これは命取りになりかねない。背中を預けるなど、もってのほかだ。
 だからディーンはホークを試した。
 賭けの結果を真摯に受け止め、筋を通すのか?
 無茶な金額交渉に持ち込まれた場合、どういう反応を見せるのか?
 自分の都合に左右されることなく、依頼人を裏切らず仕事を全うしようとするのか?
「……だが、最大の功労者はシルビアだ。感謝しとくんだな」
 ディーンは言いながらドライチーズの塊を口に放り込む。カリカリとした小気味良い食感が心地よい。
「なるほど。最後の決め手はシルビアとの関係性、か。シルビアがオレの保証人というわけだ」
 ホークは食事を終えると煙草を取り出し、焚火で火をつける。
「ま、アタシたちも言えたタチじゃないがな。よく話を持ち掛けようと考えたもんだ」
 揺らぐ焚火に当てられ、ホークの青黒い髪と瞳が艶やかに映る。
 吸い込まれそうな色気に、思わずディーンは目を逸らす。
 いまひとつ掴みどころのない男ではあるが、性根はしっかりしており、ルックスもなかなかなものだ。好感は持てる。
「オレも人を見る目はそれなりに持っているつもりだ。だがそれ以上に……一目見た時からお前さんの虜だったからな」
「は? はっ……? はぁぁぁぁっ!?
 丁度、口に含んでいたワインが気管に入り、ごほごほと咳き込んだ。
「なに顔赤くしてるんだ? 酔いが回るタマじゃないだろ? で、オレはお前さんとニールの強さに惚れこんでだな――」
「あ、ああ。そう言う意味な……」
 むせ込んで溢れた涙を拭いながら、ディーンが呼吸を整える。
「ん? あぁ……そういう事か。はははっ、ディーン。お前さんもそんな勘違いをするとは、可愛いところあるんだな!」
 ディーンが妙な反応をした理由を察し、ホークは笑った。
「――っ! う、うるせぇっ! もう寝るぜ! そっちこそ勘違いして変な気おこすんじゃねぇぞ!」
「オレの事は信用したんだろ? 安心してくれ。それに……オレだって命は惜しい。逆に‘弾’を撃ち込まれたとあっちゃたまったもんじゃない」
「く……下らねえこと言ってんじゃねぇ! さっさと寝ろッ!」
 調子に乗ったホークの品を欠く冗談にディーンが顔を染め、毛布を頭から被る。
 ひとしきり笑い、ホークが煙草を焚火に放り込む――と。シルビアが移動し、ディーンを守るように座り込んだ。
「おいおい、シルビア……そりゃないぜ。軽い冗談だって。勘弁してくれよ……」
 保証人からも疑惑の目を向けられ、ホークは溜息をついた。
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