◆第三章◆ 遺されしもの(1)

文字数 1,095文字

 朝日を浴び、青天の下で大樹が鮮やかに映える。
 オリーブの木を背に、ディーンは東門へと向けてニールの歩を進ませる。早朝の通りはまだ人もまばらだ。雑踏で舞い上がる砂埃が少なく、澄み切った空気が心地よい。
 保安官の詰所を横目に、ギルドの前を通り過ぎる。どちらもひっそりと静まり返っており、人の気配はない。依頼人(ダーレス)は――大方まだ夢の中だろう。呑気なものだ。
 そんな事を思いながらディーンは街並みを抜け、道なりに進む。
 やがて街の終点、丸太づくりの門へと辿り着く。
 その傍らには白馬と共に佇むホークの姿。
「待たせたな。じゃあ行くか?」
「ああ……そうだな……行くとするか……」
 消沈した様子で、呟くようにホークが答える。
「なんだ? 妙にテンション低いな。昨日の酒でも残ってるのか? それとも、まーだ引きずってるのか?」
「そりゃ、少しは引きずりたくもなるってもんだ……」
 昨日の射撃勝負。その後、開けた酒はディーンの計らいで酒場の客に振る舞われた。
 滅多に口にできない高級品に、誰もが大いに盛り上がり、実に楽しい一夜を過ごした。約一名を除いて、だが。酒の代金――締めて八〇万ガル、はホークの支払いだ。
「過ぎた事だろ。くよくよするなよ。取り分だって本来ならアタシが三倍頂くところを、7:3に譲ってやったろ?」
「そうだな。全く……ありがたくて涙が出てくるぜ」
 ギルドでの手付金の肩代わりに、昨日の負け分の支払い。おまけに報酬の取り分は三割。
 泣きっ面に蜂とはこの事か。はっきり言って大赤字だろう。
 少しでも稼げるなら、という考え方もあるかもしれないが、それならこの件は白紙にして割のいい仕事に時間を割いたほうが賢明だ。
 しかしホークは仕事を放棄しなかった。故にこうして出発の朝を迎えている。
 奇妙な男だ。だが――これではっきりした。少なくともホークは金で動いている男ではない。その真意、目的は不明だが。
「しょうがねぇな。働き次第によっちゃ査定を見直してやるから、元気だせよ」
 気休めになるのかわからないが、はたまた実はホークにとっては必要ないことなのかもしれないが、一応そう言っておく。
 ホークは意外そうな表情でディーンの顔をしばし見ていたが――
「はっ……はははっ! そりゃどうも。にしてもお前さんが気遣いとは――雪でも降らなきゃいいが」
 さぞ楽しそうに笑い、愛馬に跨った。
「ちっ……。ほら、さっさと行こうぜ」
 言うんじゃなかった。ディーンは軽く舌を打ち、門の先へと向き直る。
 次第に鋭さを増していく熱波に、彼方の岩山が揺らめき始めていた。
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