◆第三章◆ 遺されしもの(4)

文字数 3,077文字

 ミドガを発って二日目。
 ディーンたちは昨日と同様、日の出と共に行動を開始。手短に朝食と水分補給を済ませて出発した。今日は行路の中間地点に差し掛かる為、隊商、もしくは何らかの手がかりを発見できる可能性は高い。
 二人は昨日以上に用心深く周囲を警戒しつつ、馬を走らせる。
 しかし、予想に反して目立ったトラブルも、そして成果もないまま岩盤地帯を抜け、陽が上りきる前には砂漠地帯へと足を踏み入れていた。
「嘘みたいに順調だな。これが旅程だったら言う事なしなんだが」
 歩を進める速度を落とし、ディーンが頭の後ろで手を組んだ。
「全くだ。これじゃほんとに隣町までの小旅行で終わっちまう。何か起こってくれないと逆に困るぜ……」
 ぼやくようなホークの言葉を聞きながら、ディーンは周囲を見渡す。
 波打つように連なる大小の砂丘と、延々と続く切り立った巨岩の壁。
 まばらに群生する植物が、単一色の飾り気のない景色にささやかな彩りを与えている。
「いくら砂漠だって言っても、行路を外れて遭難、ってのは考えにくいな。なにせこんな巨大な道標があるんだ」
 ディーンは岩壁を見上げた。
 砂漠内の行路は、彼方まで延々と続くこの岩山に沿って敷かれている。遠目にもわかるこれを見失うはずがない。
 トラブルに巻き込まれた痕跡があるのなら、それはきっと行路の周辺にある。
「そうだな。それにこの見通しの良さだ。手がかりを見落としてるとは思えない。……っと、ちょっと待った」
 ホークが手綱を引き、馬を下りる。
「どうした? 何か見つけたのか?」
「いや――そうじゃない。その、あれだ、ちょっと野暮用だ」
 言いながらホークは少し周囲を見回し、一応は身を隠せる場所と判断したのか、砂の窪地へと小走りで向かう。
 ディーンは溜息交じりにホークの背を見送る。やがてホークが坂を下り、身体半分が見えなくなったところで止まった。
 ふと我に返り、さすがにディーンは視線を逸らすが――
「来い、ディーン! 見てくれ!」
 耳を疑う言葉が届いた。
「なっ……何言ってやがる! 変態かっ! からかってないでさっさと済ませろッ!」
「お前さんこそ何言ってる! そうじゃない、はやく来てくれ!」
 真剣なホークの声に、ディーンが振り返る。先ほどまで見えていたホークの姿がない。
 シルビアが駆けだし、ディーンもニールを走らせる。
 窪地へと辿り着くと、既にホークが坂を滑り下りていた。
「何かある。機構獣の一部のようにも見えるが……手がかりになるかもしれない。確認してくる」
 その言葉の通り、窪地の中央、一番深い場所に赤みがかった金属片らしきものが見えた。
 ディーンは念のため周囲を警戒する。
 特に異変はない。映るのはただひたすらに続く波打った砂海。
 安全を確認し、再び目の前の窪みに視線を戻す。
 ――違和感。
 周りに比べ、ひと際深く急角度に沈んだ地形。窪地の外周を目で追っていくと、均一に弧を描いていき――やがて足元へと戻ってくる。限りなく正円に近い。まるで大地に作られたすり鉢のような――そこまで考えたところでディーンの頭の中で警鐘が鳴り響く。
「……ホーク! 何か妙だ、気をつけろ!」
 最深部に辿り着き、金属片へと手を伸ばそうとしたホークに向かって叫ぶ。
 ディーンの言葉にホークが腕を止め、直感でわずかに身を反らす――同時、地中から鋸のような二本の刃が飛び出し、空を切る。
 反応が少しでも遅れていたら左右から迫る刃に挟み込まれていただろう。ホークは肝を冷やす。その間にも、目の前では獲物を取り逃した刃が砂の中へと消えていく。
「なんてこった――こいつは巨大な蟻地獄……機構獣の巣かっ!」
 ホークは銃を抜き、機構獣の次なる襲撃を警戒。意識を集中し、注意深く周囲を観察する。
 音や振動、砂粒の揺らぎ。地中で蠢く捕食者(アントリオン)の僅かな気配を逃さぬよう五感を研ぎ澄ます。
 しばし。緊張に息の詰まるような時間が過ぎていく。
 ――動きはない。
 ホークが慎重に一歩踏み出すと、足元がわずかに揺らぎ――とっさに後ろに飛ぶ。
 再び現れた身の丈ほどの刃が凶悪な輝きを放ち目前を抜ける。
 その下から覗く機構獣の頭部。刹那、輝きを灯す瞳と目が合った。
 素早く地中に隠れている本体を狙って弾丸を撃ち込むが、砂に飲まれ威力を殺されているのか、手応えはない。
 何事もなく砂の中へと沈んでいく一対の牙。
「上がってこい、ホーク! それじゃ勝ち目はねぇ!」
「みたいだな。こいつは……逃げるが勝ちだ!」
 ディーンに応じ、一気にホークが走り出した瞬間、正面と背後から刃が出現する。
「――! うぉっ!?
 砂を蹴り、横に飛んで寸でのところで回避する。体勢を立て直し、立ち上がろうとするも――既に次の攻撃が迫る。ホークは身を捻り、倒れ込んでこれを躱す。
 その後も息をつく間もなく繰り出される刃をホークは走り、跳躍し、転がり――避け続ける。
「ったく……しつこいヤツだ。だが、オレの逃げ切り勝ちだな!」 
 どうにか斜面へと辿り着き、機構獣から逃れたホークが息をつく。
 ――と。ぱらぱらと砂が崩れる。
 地面が細かく振動したかと思うと――直後、地中から響く機構獣の唸りと共に膨大な砂柱が巻き上がった。
 空高く舞い上がった砂粒は滂沱の雨の如く降り注ぎ、濁流となって斜面を流れ落ちる。
「っ…………!!
 砂津波に飲まれ、声をも出せぬままに斜面を流れ落ちていくホーク。その先に待ち受けるのは捕食者の牙。
「掴まれっ! ホーク!」
 砂に捲かれた視界の隅に、かろうじて銀色の鎖が入る。目の前が砂で埋め尽くされていく中、右手を伸ばす。
 暗黒に包まれると同時、手のひらの中に伝わるひんやりとした感触。
 ――次の瞬間。
「うぉぉぉぉーーっ……!?
 盛大に叫び声を響かせながら、ホークは宙を舞っていた。
 そしてディーンの頭上を綺麗な放物線を描いて超えていくと――ずしゃり、と突っ込む様に砂上に落ちた。
 …………
 ニールが一気にホーンの鎖を巻いたため、大分吹き飛ばされたものの、ホークに目立った怪我は無かった。砂のクッションが利いたのだろう。
 咳き込みながら鼻や口に入った砂を吐き出し、砂まみれになった身体を払うホークにディーンが近づく。
「よう。砂も滴るいい男になったな」
 危機的な状況はあったものの、大事は無さそうな様子を見てディーンが皮肉げに笑う。
「はぁ……はぁ、おかげで……な。ニール、ディーン、助かった。……で、機構獣は?」
「あのタイプは自分の罠の中じゃめっぽう強いが、それ以外は全然だ。追ってはこれねぇさ。スルーでいいだろ。ま、どうしても再戦を希望するってんなら止めないけどな」
「いいや、砂遊びは十分堪能できた。久々に童心に帰れて満足だ」
「そうかい。なら、もう行こうぜ。とんだ寄り道になっちまった」
 ディーンは行路へ戻ろうと向き直るが――
「おい、ディーン……見てくれ――」
「――あん? 今度は何だ?」
 呼び止められ、面倒そうに振り返る。ホークが何かを指差していた。
 視線を向けると――目の前の砂丘を下ったその遥か先。霧のように立ち込める砂塵の中にうっすらと人工物らしきシルエットが浮かんでいる。
 やがて風が抜けていき、(もや)が薄くなり姿を見せたのは――広大な敷地を持つ城塞の跡。
 崩れかけた城壁の傍らには、数台の幌馬車が停まっていた。
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