◆第二章◆ イレギュラー(6)

文字数 3,239文字

 ミドガの街に滞在して数日が過ぎた。
 今日もディーンは酒場のテラス席に陣取り、一人グラスを傾けていた。
 視線の先には、傾き始めた陽光の中でボール遊びに興じる四人の少年と、それを眺める二人の少女。
 やんちゃで元気いっぱいのジョージ、しっかり者で中心的存在なのがケント、おとなしく慎重な性格のカイに、おっとりとマイペースなリオ。活発で積極的なセリアと、穏やかで気の利くマリカ。みんな年の頃は十代前半だが、正確な歳がわからない子も数人いるそうだ。
 静かに過ぎていく平穏な午後のひととき。ここがあの日、機構獣が現れた場所とはとても思えない。
 そもそもこのご時世、機構獣が街に出現すること自体、稀である。
 かつては広い範囲で地上を跋扈していた機構獣だが、長い歴史の中でハンターによって駆逐されていき、現在は一部の地域に存在するのみだ。
 元来、従順な兵隊、かつ兵器として造られた機構獣の大半は単純な本能――例えば破壊や殺戮など、与えられた役割だ――に従うのみであり、高尚な思考など持ち合わせてはいない。
 故に指令を下す主が居ない状況では、当てもなく彷徨うにすぎない。意志をもって街を狙い襲撃してくることなど不可能なのである。
 だから先日の出来事は、機構獣が進んだ先にたまたま街があったという不運な偶然だ。もっと言えば、その不運の種を取り除くべく常にハンターは周辺地域を警戒しているのだから、まさに誰もが予想だにしない事態だった。
「毎日昼間っから酒盛りとは、羨ましいもんだ。さすがは街を救った英雄、余裕が違うな」
 背後から掛けられた声。
「アタシがいつ何を飲もうがアタシの勝手だろ? ――それと、席は他にいくらでも空いてるぜ」
 ディーンは振り返ることなくそう告げる。
「一杯奢らせてくれ――と言うべきところだろうが、その必要は無さそうだな。オレの心情としちゃ既に奢りで飲まれているようなもんだ」
「…………」
 沈黙を了承と受け取り、にやりと笑う。ホークはテーブルを挟む形で腰を降ろした。
 注文を取りに来たアレンにシングルモルトを頼み、細巻の煙草を取り出して火をつける。
 灰皿に棄てられたマッチがつんとした香りを漂わせた。
 ――――静寂。
 ホークが葉巻を吹かせて息を吐き、ディーンはグラスを揺らす。じりじりと焼ける葉と、グラスの中でからり、と傾く氷。
 ほどなく、ホークの前に酒が置かれる。ついでとばかりにディーンはアレンに空のグラスをつき出した。
「すみませんディーンさん、さっきのはもう在庫がつきちゃいまして――数日前に着いてるはずの行商が遅れてるんですよ。なので――他のを出しますね」
 勝手知ったる様子でスムーズな応対を見せると、アレンはグラスを受け取ってカウンターへと向かう。
 新しいグラスに酒が注がれ、速やかにテーブルに置かれた。光に透かし、黄金色に輝く液体を眺めてから、ディーンが軽く口をつける。
「……それで? アタシと酒を飲むほどの用でもできたか?」
「回りくどいのはやめておこう。率直に言う。とある仕事に――手を貸して欲しい」
「結局この酒代(ツケ)の回収か? タダ働きは御免だぜ」
 ディーンはグラスを置くと、椅子に寄り掛かって脚を組む。
「いや、そんなつもりはない。報酬は――フェアに山分けだ。純粋に相棒を頼みたい」 
「なぜアタシに? 他に幾らでもアテはいるはずだぜ。ギルドに属してないアタシと組めば、また面倒が起こるのはわかりきった事。アンタが受けた仕事だってんなら、外部への二重委託は規約違反だ」
 肘置きに腕をつき、顎に手を当てながらディーンが首を傾げて見せる。
「こいつはギルド経由の仕事じゃない。個人的な依頼さ。だから心配は無用だ」
 ホークは煙草を指で弄ぶように軽く揺らし、続ける。
「それで肝心の内容だが――さっき少し話題になったな。実は、数日前にこの街に着くはずだった行商の一団――隊商(キャラバン)が消息を絶っている。その捜索と調査だ」
「……人探しかよ。とてもアタシたちの領分の仕事とは思えねぇな」
 人命救助に事故調査。どう考えても行政の――公的機関の仕事だ。そこに民間人が土足で上がりこむとあっては、煙たがられるのは明らか。誰が依頼したのか知らないが――こんな面倒事に首を突っ込みたくはない。ディーンは顔をしかめる。
 しかしそれを気にする素振りもなくホークは続けた。
「まぁな。しかし隊商ともなると当然相当数の護衛を連れている。仮にギャングに襲われたにしても、手練れ揃いの一団がそうそうやられるとは思えない。それに有事の際には一人や二人、街に早馬を出すはずだ。しかしそんな様子もない。となると――」
 となると、そう言う範疇を超えた事態に巻き込まれた。自然災害? 流行り病? いや、もっとシンプルで大きな脅威となる原因が考えられる。
「つまり――相当な機構獣に襲われた可能性があるって事か」
 ホークの言いたい事を察し、ディーンの表情が変わる。
「そうだ。だからこそディーン、そのウデを見込んでこうしてお前さんに協力を仰ぎに来た」
 ディーンは顎に手を当てて考える。予想外の展開を見せた話に、いくつかの疑問が浮かぶ。
「依頼人は誰だ? 行政やギルドを頼らずにこんな話を持ちかけてくる人間がそうそう居るとは思えない」
「教えないってわけにはいかないな。くれぐれも……内密に頼むぜ。依頼人はミシェル・ダーレス。保安官の男だ」
!? っ……おいおい――そういう事かよ!」
 少し身を乗り出し、声を潜めてホークが言ったその名前に、ディーンは目を見開き――そして片手で頭を押さえながらテーブルに突っ伏す。
 仕事の二重委託どころの話ではない。行政の保安官がその業務を民間人に肩代わりさせているのだ。要するにダーレスは自分が仕事に取り掛かる前に、危険がないかの事前調査を依頼しているという事になる。恐らくその結果を踏まえてから方針を固め――その後で自分の手柄となるようにうまく立ち回る腹だ。保身もここまで来ると恐ろしい。
 エレナが不思議がっていたが――ここ数年の治安改善も同じような手段で築き上げてきたのだろう。
「ったく――」
 ダーレスはあの性格だ。是が非でも自分からは動かないだろう。事態は好転しない。
 このままだと原因の究明が行われないまま、第二第三の被害が出て物流がストップする可能性もある。そうなれば、人々の生活が立ち行かなくなるのは時間の問題だ――この酒場から商品が消えるのも必然。個人的にもそれは痛い。
 ――だが、何よりも原因が機構獣であった場合。その危険が街に及ばない保証などない。
 ディーンはテラスの向こうを見やる。映るのは、はしゃぐ子供たちの姿。
 子供たちに、エレナやアレン、ホセ――真っ先に命が脅かされるのはハンターでも保安官でもなく――機構獣に対抗する力を持たない、普通に暮らしている人々だ。
「――どうだ? 引き受けてくれるな?」
 横顔からディーンの表情を伺いつつ、ホークがウイスキーを口にする。
「――しょうがねぇな。だが、あと一つ。なぜアンタにそんな話が舞い込んだ?」
「オレはこの街に来てそれほど経っていない。それに――お前さんと同じく、ギルドにも加盟していないからな。つまり――しがらみがないのさ」
 なるほど。事態が公になるのを避けたいダーレスとしては、街にもギルドにも繋がりの薄い人間を使ったほうが都合がいい。
 求めるのはそれなりに腕がたち、かつ金で動かせる人間。保安官の立場を使えば、見つけるのは難しい事ではない。その白羽の矢がホークに立ったという事か。
「お前、何者だ? ただのハンター崩れ、ってわけじゃなさそうだな」
「自己紹介は済ませただろ? ホーク・ギャビン。見ての通り、ただの物好きな色男さ」
 ディーンの問いにそう答え、ホークは不敵に笑って見せた。
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