第73話 あれはここ

文字数 2,328文字

 リビングルームにある、異質な物に目が止まった。
 「何だあれ?」
 それは黒く四角い物体だった。大きさはスーツケースぐらい。その物体に黒い鎖がぐるぐる巻き付いている。
 「あれはここだよ。ココロ」
 応えると思ってなかった僕の言葉に、フェンリルが応えた。でも、意味がわからなくて聞き間違いかと思う。
 「何?フェンリル、あれ知ってるの?」
 その直ぐ直後だった。
 「助けて!お兄ちゃん!」
 燈が助けを呼ぶ声が聞こえたのは。
 「燈!?」
 僕は、燈を守れなかった?燈は、どうなったんだ?
 燈を探そうとリビングのドアに駆け寄る。
 「あ。ココロ!そっちじゃないよ!」
 僕は呼び止めるフェンリルにかまわず、ドアをすり抜けリビングを飛び出した。 
 「え?」
 リビングから一歩足を踏み出して、振り返る。
 「え?」
 「だからココロ、ここはあそこなんだ」
 後ろの部屋は、さっきまでいたリビングルーム。前を向く。前の部屋も、リビングルーム。どちらの部屋にも謎の物体がある。
 「え?」
 「ココロ。俺にもヒカリの声は聞こえた。急ぐ気持ちわかるから、あの鎖を解いて」
 「鎖?」
 「そう」と頷くフェンリル。
 鎖の巻き付いた黒い物体は、後の部屋にも前の部屋にもある。
 「えっと、どっちの?」
 「どっちも同じ」
 「…そうなの?」
 「そう。あれは、ここだから」
 あれはここ?ここはあそこ?
 とにかく前の部屋に入って鎖を手に取ってみた。すり抜けることはなく、しっかりとした手応えを感じる。黒い箱に巻き付いた黒い鎖。鍵とかは付いてない。ずらして外そうにもしっかりと巻き付いていて無理だ。
 ふと

が言った言葉を思い出した。
 もう少しだよ。既に憶は、自分で封印した感情は気付いているのだから…。
 …封印した気持ち。
 「でもこんなの、どうやって解けば…」
 「そんなの、引きちぎっちゃえばいいよ」
 「無茶言わないでよフェンリル」
 「今のココロならできるって。強くなりたいんだよね?」
 強くなりたい…。まあ、とにかく黒い鎖を掴んで、思いっきり引っ張ってみる。
 ビキッ。
 窓ガラスに罅が入ってはっと顔を上げる。
 「そう。そのままもっと引っ張って」
 黒い鎖にも小さな亀裂が入っていた。そのまま力を込めてさらに引っ張る。
 ビキビキッ。
 窓ガラスと鎖の亀裂が大きくなり、同時にバリンと砕けた。
 「やった。ココロ」
 …あ。
 鎖の破片がゆっくりと飛び散っていく。
 思い出した…。
 ガラスの破片もゆっくり飛び散っていく。
 鎖が解かれると四角い物体は面が分解するように開いて消滅し、中に入っていたものがあらわになる。
 それは、蹲った影のような自分だ。
 …自分で封印した感情。…トラウマ。
 僕は手を差し伸べた。
 箱の中にいた自分は僕を見上げて、僕に応えるように手を伸ばした。
 僕はその手を掴む。しっかりと握りしめて、起こす。
 目の前に自分は立ち上がり、消えた。
 「ココロはやっぱり強いね。封印を解いたよ。行こう。ヒカリの所へ」
 「…うん。行こう」
 「こっちだよ」
 フェンリルがドアをすり抜けて部屋を出た。僕もフェンリルについてドアを抜ける。廊下に出た。
 「こっち」
 フェンリルは、お父さんとお母さんの寝室のドアもすり抜けて中に入って行った。僕も寝室に入る。
 「燈!」
 燈がお父さんとベッドで寝ている。
 「お父さん!燈が助けを呼んでるよ!」
 お父さんが目を開けた。でも、僕のことには気付かない様子で、モバイルの明かりをつけた。
 「この気配は、憶か?」
 いや。気付いてる?
 「うん!お父さん、僕の声聞こえる?燈が…」
 お父さんがどこかに電話をかけた。
 …やっぱり、聞こえてない。
 うぅ〜とフェンリルが唸り声を上げる。フェンリルは燈を睨みつけている。
 「燈?大丈夫?」
 僕は燈を助けようと抱き起こそうとして、出来なかった。僕の体が燈の体をすり抜ける。
 「どうしたらいいんだ?」
 フェンリルが吠えた。燈の体から黒い靄が溢れてきた。
 …誰か、助けて。
 燈の声だ。
 燈を助けたい。でも、体がすり抜ける。どうしたら。
 黒い靄は広がっていき、周囲を完全に包み込んだ。
 …助けて、お兄ちゃん。
 青白い光が遠くに見えた。
 「ココロ!あそこ!」
 僕とフェンリルは闇の中を駆け、青白(せいはく)の光を目指す。その場に、燈が蹲るように倒れていた。青白の光は、光の手元から溢れている。
 燈に手を伸ばす。
 今度はしっかりと燈の体を感じることができた。同時にパァッと青白の光が広がり、闇が掻き消える。
 僕は燈を抱きかかえた。
 「燈、大丈夫?」
 燈はうっすらと目を開けて、ちょっと戸惑ったような素振りを見せた。
 燈の目に涙が溜まっていく。
 「お兄ちゃん!」
 燈は僕の首に抱きついて泣き出した。
 「お兄ちゃん、お兄ちゃん」
 「燈、立てる?」
 「うん」と、燈がトンと立つ。「わあ。フェンもいる!」
 「ヒカリ。無事で良かった」
 「フェンるル〜」
 燈がフェンリルに抱きつく。
 「何があったんだ?燈」
 「…えっとね、…えーっと、カゲリちゃんが急におかしくなって、かげにしていってたの。ひかりもかげにさせるとこだった」
 「カゲリちゃん?かげにしてって?」
 「だから、まわりの人とかぜんぶ、かげにしたの」
 燈が振り返った先に人影がある。僕はその姿を見て固まった。思い浮かんだのは、今まで邪魔をしてきた僕と同じ姿のやつの、燈バージョン。
 …あれが、カゲリちゃん?
 燈と見比べた。燈は、リバーシブルコートをピンクにして着ている。カゲリは黒だ。
 「わあ!お兄ちゃん!」
 僕と目が合って、カゲリが嬉しそうに声を上げた。
 「お兄ちゃんとフェンリルも来てくれたの?やった〜!みんなであそぼ!」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み