第4話 ガラスハウス(12月24日 その時まで6日)

文字数 2,483文字

 (ひかり)がミカを相手にしゃべっている。
 「ミカちゃん、いい子にしてた?」
 「にゃー?」
 「してたよー」
 「にゃー」
 「えへへ、あ、ちょっとミカ、ミカ、ぼうしにのらないで」
 「にゃー」
 「やめてよ。これはだいじなの」
 「にゃー」
 「ツメがひっかかるでしょ」
 「にゃー」
 「ツメがちょっとでてるから」
 「にゃー」
 「ひかりは、いじわるじゃないの、ミカがいじわるなの」
 「にゃー」
 ミカが燈に猫パンチしている。いったい燈はミカと何話してるんだ?
 「もう、ちょと、ミカー」
 「にゃー」
 「え?お兄ちゃんが?」
 僕のこと?
 「にゃー」
 「お兄ちゃん。ひかりのことよんだ?」
 「ううん。呼んでないけど」
 「ミカちゃん、お兄ちゃん、よんでないっていってるよ」
 「にゃー」
 何の話か完全に謎だけど、燈はいつもこんな感じだから、僕は気にせずにミカを撫でてやる。
 「よしよし」
 ミカは「にゃー」と鳴いて、気持ちよさそうに目を細めた。
 ミカの本当の名前はミカエラで、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんの家で飼っているシャルトリュー種の猫だ。ブルーっぽい毛並みがとても綺麗でかわいい。
 この日、僕は家族みんなで、商都にあるお父さんの実家に来ていた。毎年この時期は、家族揃ってお父さんとお母さんの実家を訪ねることが、恒例のようになっている。
 「ガラスハウス見てこようかな…」
 この家にはガラスハウスがあって、庭師のお祖父ちゃんが手入れしている温室ガーデンになっている。今日のディナーは温室ガーデンをライトアップして、家族揃って食事をするからすごく楽しみ。プレゼントもあるし。
 お父さんとお祖父ちゃんは温室ガーデンのライトアップの準備をしているとこで、お母さんとお祖母ちゃんは料理の準備をしている。
 燈はずっとミカとおしゃべり、というか僕から見ればミカを相手に、燈が一人でおしゃべりしている。
 初めのうちは僕も一緒にいたけど、何だか燈とミカが火花を散らしているような気配を感じて、温室ガーデンに行ってみることにした。ガラスハウスは家と中でつながっていて、外に出なくてもキッチンから直接行ける。
 ガラスハウスの天井は二階建ての吹き抜けぐらいで、大きめの木も植えられている。広さはどのぐらいかな?
 「お祖父ちゃん。ガラスハウスの広さってどれくらい?」
 「おお、(こころ)。来たか。広さか。こっちの幅が六メートルで、こっちの長さが十メートル、高さが三・六メートルだ」
 「ふうん」
 草木の多くは地面に直接植えてあるけど、鉢に植えてあるのもある。テーブルと椅子は花壇に囲まれたスペースに置いてあって、石畳の床の上には長いコードが伸びていた。
 お祖父ちゃんは脚立にのぼって、鉢に入った大きな木に何かしていた。お父さんも床に置いてある箱から小道具を取り出して手伝っている。
 「憶もやってみるか?」
 「それってモミの木だっけ?電気付けてるの?」
 「そうだ。イルミネーション付けるの、やってみるか?」
 「うん。やってみる」
 僕にとって、お祖父ちゃんの庭は好きな場所のひとつだ。綺麗なだけじゃなくて、いろんな種類の植物があって興味を引かれる。
 …これは何だろ?
 「この周りが白くなってる葉っぱは何?」
 「それはプレクトラサンスだ」
 「プレクト…?」
 「プレクトラサンス」
 「プレクトラサンス…。名前長い。あっちの小さい葉っぱでテカってるのは?」
 「あれはラデルマケラ」
 「ラデルマケラ。ふうん…」
 ちょっとかっこいい名前…。
 僕が「これは何?あれは何?」と聞いていくと、お祖父ちゃんは何でも知っていて素直にすごいと思う。白い花が咲いているのがマツリカ、オレンジっぽい薄い赤い花ハイビスカス、赤い花はポインセチア。他にもたくさんの種類があって、全部覚えるのは無理だ。
 「憶は、最近はどんなことしてるんだ?」
 「昨日家族で映画を見に行ったよ。『時の書庫』っていうの。お祖父ちゃん知ってる?」
 「知ってる知ってる。緋村(ひむら)(じん)が出てるやつだろ。篠原塔も出てたか」
 「んー、俳優の名前は知らない」
 「はは。そうか。十二歳じゃあまだ役者に興味は持たないか」
 「緋村迅さんは悪役の魔法使いの人だ。イオアネスだったかな。篠原塔さんは王様のラハイン役の人だよ」
 お父さんが教えてくれた。
 「ふうん。セアとリダは?」
 「セアは琉子(りゅうし)侑意(ゆい)くんで、リダは朝比奈悦那(えつな)さん」
 「ふうん。お父さんよく知ってるね」
 「ふふ。昨日見たばかりだからな」
 「リュウシユイと朝比奈悦那は、俺は知らんな。リュウシユイってどんな字だ?粒子のリュウシか?」
 お父さんがお祖父ちゃんに漢字の説明をする。僕はあまり興味がなくて、セアのセリフを真似てみた。
 「俺は、前に進む!」
 お祖父ちゃんが「は?」みたいな顔で僕を見ている。
 「えへへ。映画の主人公のセリフ言っただけ」
 「ははは。そうか。何かと思った。…よし、これでいいだろう」
 『時の書庫』の話をしながらイルミネーションの取り付けは完了した。
 「じゃあ仕上げの飾りを付けようか。あとは簡単な取り付けだから、憶、燈を呼んで来て」
 「うん」
 お父さんに言われて燈を呼びに行く。キッチンを通ってリビングに行くと、燈はお絵描きをしていた。ミカもすぐそばのテーブルの上で丸くなっている。
 「燈。お父さんが一緒に木に飾り付けしよって」
 「はーい」
 お母さんとお祖母ちゃんも一緒に来て、みんなでモミの木をメインに温室ガーデンの木々に飾りを付ける。
 燈がリースをとってマツリカに取り付けるのを見て、お祖父ちゃんが「マツリカの花言葉は純粋無垢だ。燈にぴったりだな」と言った。それから花言葉の話題で盛り上がった。プレクトラサンスは沈静、広がる希望。ラデルマケラは意見の相違、夢心地。ハイビスカスは恋とか美とかもあるけど、勇気ある行動という意味もあって、僕はそれが気に入った。
 「お兄ちゃん、はい。これつけて」
 最後に僕が、燈が渡してくれたトップスターをモミの木のてっぺんに取り付けた。そのとき僕は、もう一度セアの言葉を心の中で言ってみた。
 僕は、前に進む。
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