第8話 アン・ファミーユ(12月19日 その時まで11日)

文字数 2,576文字

 明る…。
 カーテンを開けた窓から、晴れた陽の光が入ってくる。
 「今日は天気いいわね。十二月とは思えないわ」
 お母さんがリビングの窓を開けながら言った。
 「お出かけしたくなるわね」
 「どこに?」
 「スイーツとか?」
 お母さんが、わざとらしくイタズラっぽい笑みを浮かべて、僕と(ひかり)を見る。燈はすぐに飛びついた。
 「いくー!」
 というわけで、僕と燈とお母さんの三人で、アン・ファミーユに出かけることになった。
アン・ファミーユは、先週お父さんとコンビニに行った帰りに寄ったレストランカフェで、スイーツがとてもおいしい。ちなみに、今日はお父さんは占いの仕事で家にいる。
 先週買ってもらったジーンズに、白のハイネックのセーターを着て、紺のフード付きコートを羽織る。燈も、先週買ってもらった服を着ている。オレンジのワンピースに赤のカーディガン、それから黒とピンクのリバーシブルのダウンジャケットだ。
 「燈、今日は黒にしたんだ」
 「えへへ。きょうはクロー」
 いつもピンクにして着ているけど、気分によるのかな。 
 「亨玲(あきら)の分買ってくるわね」と、お母さんがお父さんに言った。
 「ありがとう。いってらっしゃい」
 「いってきまーす」
 外に出てもそんなに寒くない。家からアン・ファミーユまでは、燈が一緒でも歩いて二十分ほどで行ける。
 アン・ファミーユに入ると、店員さんが「いらっしゃいませ」と迎えてくれた。
 「こんにちはー」
 「天ノ宮さん、いつもありがとうございます」
 「今日は子供達とスイーツ食べに来たから、イートインでお願いします」
 「はい、どうぞ。ご案内します」
 テーブルに案内してもらって、お母さんだけ席に座る。
 「スイーツ見てくる」
 「はい。見ておいで」
 「燈、一緒に行こう」
 「うん」
 僕と燈は、入り口の近くにあるショーケースまで戻ってスイーツを選ぶ。今日は何があるのかな。ショートケーキ、キャラメルチーズケーキ、ガトーショコラ、モンブラン、チェリーのクリームタルト、蜜柑(みかん)のカスタードタルト、林檎(りんご)のカスタードタルト。種類は先週来たときと同じだ。
 「おいしそー」
 燈の目がキラキラしている。
 「燈は何にする?」
 ショートケーキに決まってると思いながらも聞いてみた。
 「あれにする!」
 ん?あれって…、ショートケーキじゃない。珍しいな。
 「燈、あれにするの?ショートケーキじゃなくて?」
 「うん。きょうはあれにする」
 燈が指差しているのは、ガトーショコラだった。燈は、あまりガトーショコラは好きじゃなかったのに。ここ最近、だんだん燈の好みが変わってきている。
 僕は二つのスイーツで悩んだ。キャラメルチーズケーキか、林檎のカスタードタルト。…よし、決めた。キャラメルチーズケーキにする。
 席に戻って、僕がキャラメルチーズケーキで燈がガトーショコラにしたことを言うと、お母さんも「ショートケーキじゃなくていいの?」と燈に聞いた。
 「うん。あれでいいの」
 燈に迷いはないようだ。
 お母さんは林檎のカスタードタルトにした。「少しあげるわね」と言われて、僕が、キャラメルチーズケーキと林檎のカスタードタルトで迷ったのを見透かされているような気がした。燈は「うん。たべるー」と、素直にうれしそうにしている。飲み物は、僕と燈がロイヤルミルクティーで、お母さんはアールグレイを頼んだ。
 店員さんが持って来てくれた僕と燈のスイーツには、お菓子が添えてあった。
 「ちょうど今フィナンシェが焼き上がったところなんです。燈ちゃんと(こころ)くんにサービス」
 「あら、すみません」
 「ありがとうございます」
 「ありがとーございまーす」
 お母さんといると、こういうタイミングがいいときがすごく多い。何でなんだろうと不思議に思う。先週のコンビニでのことも、お母さんが出かけるときについて行ったらあんなことがあったし。
 「どうしたの?憶?」
 「ううん。何でもない」
 キャラメルチーズケーキは、チーズケーキが層になっていて、キャラメルの層とチーズケーキの層が重なっていて、見た目どおりすごくおいしい。
 「はい、燈ちゃん、憶くん」
 お母さんが林檎のカスタードタルトを少し分けてくれた。うん。これもおいしい。
 「燈もチーズケーキ食べる?」
 「たべるー」
 「お母さんは?」
 「ふふ、私はいいわ」
 燈は、三種類のスイーツが食べれてご機嫌だ。
 「燈、ガトーショコラはどう?」
 「すき!」
 「ショートケーキとどっちがいい?」
 「きょうはこっち」
 「まあ、食べたい物って、そのときの気分によるよね」
 「うん」
 「燈、そのスイーツの名前わかってる?」
 「…」
 無言(プラス)真顔で見つめ返してきた…。わからないんだ…。
 「…ガトーショコラだよ」
 「うん。がとおしょーら」
 燈はにっこりして言った。
 「…うん」
 まあいっか…。ロイヤルミルクティーを一口飲んで、フィナンシェも食べてみる。
 「うわ?これおいしい!外がカリッとしてて中がふんわりしてる」
 「ふふ。良かったわね」
 焼きたてフィナンシェって、こんなにおいしかったんだ。
 みんな食べ終わって席をたつとき、燈がダウンジャケットをごちゃごちゃといじりだした。
 「燈ちゃん、ジャケット裏返すの?」
 「うん。ピンクにする」
 「憶くん、やってあげて」
 「うん」
 燈のリバーシブルコートを裏返してピンクにして、燈に渡す。
 「ありがとう、お兄ちゃん」
 「もう黒はいいの?」
 「うん。さっきがクロで、がとおしょーらもたべたからもういいの」
 「…ふうん」
 何言ってるのかよくわからないけど。
 「えへへ。お兄ちゃんにはひみつ、おしえてあげよっかなー?」
 「秘密って?」
 「んー…。えへへ。ナイショ」
 …いや、ほんと何言ってんの?…まあ、燈のこういうところは気にしても仕方ないので、気にしない。昨日ベイシティー行ったときも、よくわからないこと言ってたし。
 席をたって、お父さんのスイーツを選びにショーケースの前に行く。
 「お父さん何がいいかな?」
 「そうね、これにしようかな」
 お母さんが指しているのは、チェリーのクリームタルトだ。
 「チェリーのクリームタルト?」
 「おいしそうでしょ?焼きたてのフィナンシェも四つ買って帰ろう」
 「やったー」
 燈は無邪気に喜んでるけど、なんか最近の燈って変なんだよなあ。
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