第38話 いってきます

文字数 2,413文字

 「それじゃあ行ってきます」
 僕は小舟に乗り込んで、見送りに来たセツやロクさんたち、そして村長(むらおさ)さんを含む村の人たちみんなに手を振った。
 「ココロ兄ちゃん、気を付けてね。無事を祈ってるから」
 「うん。ありがとう。セツも元気でね」
 「ふふ、その髪型やっぱり素敵よ」 
 「え?そう?」
 髪に手を伸ばす。氷の病を治したあと、なぜか髪がベタついていたから適当にオールバックにした。
 「ありがとう、セツ」
 「ふふ。また会えるよね?」
 う〜ん?どうなんだろ?この世界のことよくわからないから…。
 「また会えるかな?」
 少しの期待を込めて、質問に質問で返す。
 「ふふ、きっと」
 みんなに別れを告げて、小舟で出発する。目指すは『赤の川』の源流。
 ロクが村の人たちを集めて作っていたのは、この小舟だ。(かい)ではなく()で漕ぐタイプで、漕ぐのに力はいらない。
 漕ぎ方はリョウさんが教えてくれた。最初はふらふらして舟の方向が定まらないし、ゆらゆら揺れてバランスを崩すし、慣れるまで難しかった。
 両手で、ぐいぃ〜と魯を漕いで、腰に巻かれている袋に目を向ける。セツが「それ、大切な物なんでしょ。これに入れておけばいいわ」と言って、くれた物だ。セツが「それ」と言ったは、僕がいつも握りしめているセラフィナイトだった。
 僕は、氷の病を治すときも、左手にセラフィナイトを握りしめていた。もう二度と無くさないように。
 「私、気になってたけど、いろいろあって聞きそびれちゃった。それ、なんなの?」
 「セラフィナイトだよ。大事なお守り」
 「せらふぃないと?ふうん。お守りなのね。ほら、ここに入れて、こうやって腰に巻けばいいでしょ」
 「あ、いいね。ありがとう、セツ。…ん?中に何か入ってる?」
 「ふふ、それもあげる」
 中に入っていたのは、羽子板と無患子の羽根だった。
 「いいの?」
 「いいのよ。お礼だから」
 邪気払いの羽子板と無患子の羽根…。どうすれば自分の邪気を払うことができるのかわからないけど、いつか役に立つときが来るかもしれない。
 セツからのプレゼントは嬉しかった。腰袋のおかげで両手で魯を漕ぐことができて、すごく助かる。もちろんこの魯舟も。
 セツたちと別れて『赤の川』をかなり進んできた。周りは森で、景色にあまり変化はない。『赤の川』の源流には何が待っているのか…。
 結局村の人は『赤の川』のことも、その源流のことも、誰も知らなかった。源流の情報は得られなかったけど、こうして舟を作ってもらって、歩いて進むよりだいぶ早くなった。
 川幅は五十メートルぐらいあるかな。魚はいないみたい…。周りの森も静か。
 ギ〜、ギ〜、パシャ、ギ〜、ギ〜、パシャ…。
 魯を漕ぐ音と、時々水が跳ねる音。サワサワサワと葉が擦れる音。
 そんな音に混ざって、ヒソヒソ、ヒソヒソと話し声のような音が聞こえてきた。何だろうと思い、周りの森に目を凝らす。
 何かが、見えたり、消えたりしている?何か半透明の霊体みたのが…。
 「…地霊」
 ふと、そんな言葉が口から出た。
 「そうだ。地霊が出てきた。地霊がいたのって『赤の川』だ」
 地霊は、映画『時の書庫』の『赤の川』で出てきたキャラクターだ。
 そう思って森を見てみると、木や葉と一体化したエルフのような人型の霊体が、森の中に見え隠れしている。
 ヒソヒソ、ヒソヒソ。
 気付いたみたいだ。気付いた。気付いたよ。こっち見てる。見てる。
 小声で話す声が、よりはっきりと聞こえてきた。魯を動かして、少し岸に近付いてみる。
 近付いてきた。近付いてきた。あの子はいい人よ。いい人間だ。大丈夫。大丈夫。
 「こんにちは」
 こんにちは。こんにちは。こんにちは。
 声をかけてみたら、地霊たちは返事を返してくれた。
 「『赤の川』の源流まで、あとどれぐらいですか?」
 赤の川の源流。どれぐらいか?どれぐらい?遠くはないよ。洞窟の奥。そう、洞窟の奥。
 この先の洞窟の奥…。洞窟…。ちょっとそのシーンは思い出せない。行けば、思い出すかも。
 「ありがとう」
 なんだか地霊たちに見守られてるような気分になった。
 『時の書庫』では『赤の川』に、他に何が出てきたっけ…?
 そうだ。虎と鰐だ…。
 …虎と鰐は、出てこないでほしいな。
 そのまま『赤の川』を進んで行くと、虎と鰐には遭遇することなく、地霊の言った通り洞窟に差し掛かった。ゆっくりと小舟を漕いで、洞窟の中に入って行く。赤い水が、先の方まで伸びているのが見える。
 「川が、光ってる?」
 光の届かない洞窟で『赤の川』がはっきりと綺麗に見える。赤い水がうっすら光を発しているみたいだ。
 真っ暗い空間にうっすらと光る赤い川…。幻想的な情景…。
 思い出した。『時の書庫』ではこの洞窟の先に神殿がある。さて、実際はどうなのか。
 「源流まで、あと少しだ」
 目が慣れたせいか、川がだんだんと明るさを増しているように感じる。
 舟がグラッと揺れた。
 「うわっと」
 舟のバランスを保とうとしても、なかなか難しくて揺れが収まらない。
 「流れが早くなったのかな?」
 左側の壁面が途切れ、別の支流との合流した。上流から流れてくる『赤の川』が、ここで二つの支流に分かれている。
 川幅が広くなり、流れも少し早くなった。水面をよく見ると、上流から波が押し寄せて来ているようにも見える。さらに進んで行くと、広い空間に出た。
 「おお。やっぱり」
 ぐるりと周囲を見回す。そこは今までのような洞窟ではなく、神殿のような作りになっていた。左右に柱が並び、正面奥に石段がある。
 「ここが、『赤の川』の源流…」
 赤い水は、ドク、ドクと波打ちながら石段の上の方から流れてきている。
 魯舟を石段に寄せ舟を降りた。ピチャピチャと足音をたて、赤い水の流れる石段を上がっていく。
 「あ」
 階段を上った先に、人が立っていた。
 「女の人?」
 その人が、僕の方へ手を差し伸べる。
 「え…?お母さん…?」
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