第36話 回復

文字数 2,333文字

 「治った…、のか?」
 凍りついていた足の指がピクピクと動いた。膝がゆっくりと曲がる。
 「お父ちゃん!足が動いたよ!治ったよ!」
 …これ、僕がやったの?…いや、良かったけど、治って。…ていうか、ほんとに僕が?どういうこと?
 「ココロ!ありがとう!」
 セツが抱きついてきた。
 その瞬間、僕の中の戸惑いは嬉しさに上書きされた。
 「良かった。うん。ほんとに治って良かった」
 「ココロ兄ちゃん、すごいね」
 いや…、僕もほんとに治るとは…。
 「ココロ、儂はロクだ。ありがとう」
 ロクさんが胡座をかいて頭を深く下げた。その際、また無患子の羽根がコロコロと転がった。
 …無患子は、邪気を払う。羽根突きはそもそも、厄払いや魔除けにする物だ。
 僕を模った氷像は、邪気が生み出した毒…。なら、氷になる病も邪気が生み出した毒ってことになる。
 邪気を払う無患子が、邪気が生み出した毒を払ったってことかな?
 それに、ロクさんの足が治る前、声が聞こえた気がする…。「きっと治るよ」って聞こえた…。
 「お父ちゃん、足ちゃんと動く?」
 「ああ、動く。立ってみる」
 ロクさんは立ち上がった。
 「何ともないな」
 「あはは。すげーなココロ」
 リョウさんが親しげに肩を組んできてはにかむ。
 「重ね重ねすまないが、村には同じ病気に罹った者が何人かいる。どうか、みんなを治してやってほしい」
 ロクさんはまた頭を下げた。
 「あの、何人ぐらい、いるんですか?」
 「儂もあんな状態だったからな。数は把握していないが、リョウ、わかるか?」
 「俺が知ってるだけで、十人以上はいるな」
 十人以上…。いや、数は関係ないか。多いから何もしないって訳にもいかないし。
 「やるだけ、やってみます」
 「ありがとう。儂が病人の所まで連れて行って、話をしよう。一緒に来てくれ」
 「あ、ちょっと待ってください」
 床の上に転がっている無患子を拾った。
 「セツ、これ借りてもいい?」
 「無患子の羽根?もちろんいいよ。もしかして、無患子でお父の病が治ったの?」
 「わからないけど、もしかしたらそうかもしれないと思って。無患子には邪気を払う力があるんでしょ?」
 「そうよ」
 「無患子の実が、氷の病に効くのか?」
 「ココロは、氷の病を気合いで治したと言ったが、気合いと無患子に関係が?」
 えっと…。どう答えよう…?
 リョウさんとロクさんに問われて戸惑う。
 「僕はただ、ほんとに治れ治れって、気合いを込めて念じてただけで…」
 とりあえず素直に言っておく。頭の中で聞こえた声のことはややこしくなりそうで言わなかった。
 「念じるだけ?俺だって治ってくれって思いながらおやじさんを看ていたぞ?…ココロには、俺にはない不思議な力がきっとあるんだな」
 「儂もそう思う。これは、誰にでもできることではない」
 「お父ちゃんもリョウ兄ちゃんも、治るんならそんなこどうだっていいでしょ?早く他の病人とこに行かなきゃ」
 「ああ、そうだ。セツの言う通りだな。よし行こう」
 僕たちは一軒ずつ病人の家を回った。無患子の実を体の凍った部分にあて、治るように気合いを入れて念じる。そうするだけで、病人たちはみるみる回復していった。
 氷の病を治している間、頭の中に(きっと治る)(すぐ良くなるよ)(大丈夫だからね)と、不思議な声が聞こえていた。
 今までも頭の中で声が聞こえることがあったけど、何なんだろう?
 あと、なんか髪がベタベタしてきたような…。
 自分の髪を触ってみる。やっぱり髪はベタベタする。でも、不思議と髪を触った手の方はベタベタしなかった。
 …ま、いっか。
 とりあえず、オールバックに髪を後ろに流しておく。
 病気になった人たちの中には、セツのことを嘘つき呼ばわりした人もいた。彼らはみんな回復するとセツに謝り、礼を述べた。
 「セツ、良かったね」
 「うん。あ、ココロ兄ちゃん、髪型変わってる」
 「うん。なんか髪がベタベタしてきて。変かな?」
 「ううん。変じゃないよ。大人っぽい」
 ふふふ、とセツは笑い「あ、そうだ」と何か思い出したように言った。
 「お父ちゃん。赤い水が流れてる川って知ってる?」
 「赤い水が流れる川?…いや、聞いたことがないな」
 「山の奥に赤い水が流れる川があったの。私はそこでココロ兄ちゃんと会ったのよ」
 「そんな川が近くにあったかのう?」
 「それでね、お父ちゃん。ココロ兄ちゃんは赤い川の源流に行こうとしてるんだけど、お父ちゃんなら何か知ってるかと思って」 
 「いやあ、源流どころか、赤い川のことも知らんぞ。そこまで連れて行ってもらえんか」
 僕とセツは、ロクさんとリョウさんを『赤の川』まで案内した。
 「本当に水が赤いな」
ロクさんが川に手を入れてる。
 「水は、冷たくないか。こんな川は見たことがない。そもそもこの場所に川はなかったはずだ。こんな、突然川ができるなんて…。これは、村長(むらおさ)を含めみんなに報告せんといかんな」
 村に戻り、ロクさんがみんなに話している間セツは何かを縫い始めた。
 「何してるの?」と聞いても「内緒」と言って教えてくれない。…気になる。
 ロクさんとリョウさんが家に戻ってきた。
 「ココロ、出発するのは少し待ってくれ。病を治してくれたお礼に渡したい物がある」
 何だろう?
 「わかりました」
 あまり深く考えずに返事をすると、ロクさんとリョウさんは外に出て、村の男の人たちを集め何やら大掛かりな物を作り始めた。
 いや、ほんとに何だろう?
 「ねえ、セツ。みんな、何を作ってるの?」
 「さあ?何かしら?聞いてみる」
 セツがロクさんの所に行って、戻ってくる。
 「ふふふ。できてからのお楽しみだって、ココロ兄ちゃん」
 えぇ?またそれ?気になるって!
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