第13話 なんて言ったの?

文字数 2,704文字

 鏡の自分はふっと消えた。鏡も消えていて、その先にはランタンの灯った回廊が続いていた…。
 「…史弥(ひとみ)お姉ちゃん?」
 「…あ、え?」
 「鏡の僕は、史弥お姉ちゃんになんて言ったの?」
 「来てくれて、ありがとうって」
 ありがとう?…お礼?
 …なんか、思ったのと違う。
 「ふうん。鏡も一緒に消えたよ」
 「そうね。先に進んでみよ?」
 「うん」
 回廊はしばらく真っ直ぐの道が続いて、左に折れていた。角を曲がると、下り階段の階段になっていた。下りた先も左に折れていて、その先も階段と左に曲がる角が続いた。
 「これは、大きな下りの螺旋階段ね」
 「うん。どんどん下りていってる」
 階段を下りていくと分かれ道に差し掛かった。
 「分かれ道ね。…憶くん、この先って、映画だとどうなってたか覚えてる?」
 「えっと、壁画があって、その中の一つが出口につながってて…」
 「そうね。壁画のシーンあったわ。どっちの道に行こうか?」
 「映画の細かいシーンは思い出せないけど、こっち行ってみよ」
 今まで左の曲がり角が続いてたから、特に理由もなく左の通路を選んだ。
 「見て。壁画じゃなくて、絵が掛けてあるわ」
 「ほんとだね。なんの絵かわからないけど?」
 「抽象画ね」
 「抽象画って?」
 「具体的な物じゃなくて、イメージとか気持ちとかを表現した絵のことよ」
 「ふうん。でも『時の書庫』の壁画と、全然違う」
 「そうね。そうなると、出口につながってる絵がどれかも『時の書庫』と違ってきちゃうね」
 「うん」
 進んでいくと、抽象画じゃない普通の絵も出てきた。
 「あ、お母さんだ。こっちはお父さんで、(ひかり)の絵もある。抽象画の反対ってなんて言うの?」
 「具象画よ」
 「具象画…。これ、僕の部屋の絵。なんでこんな絵まで…」
 「へえ。憶くんのお部屋か〜。綺麗にしてるね」
 お父さんのパワーストーンの絵も何枚かある。あれはイーグルアイかな、それとこっちの透明の石はなんだっけ?石の中に虹が描かれている。思い出そうとして、隣の絵が視界に入った。
 「あっ!あれ」
 あの絵の石は、今僕が今持ってる石だ。左手にある緑と白の石と、絵を見比べる。
 「あれは、セラフィナイトだね」
 「史弥お姉ちゃん、この石知ってるの?」
 「知ってるけど」
 「どんな石?」
 「…もう。憶くんほんとに覚えてないの?」
 なんだか、史弥お姉ちゃんのリアクションがおかしい…。そう感じながら、やっぱり思い出せないので首を振る。
 「あんまり言いたくないなあ〜」
 「なんで?」
 史弥お姉ちゃんは、わざとらしい流し目で僕を見る。
 「え〜?恥ずかしいから〜?」
 …なんでこんなリアクションするの?なんだかこれ以上聞きにくい。
 「んー…。ならいい…」
 なんかモヤモヤするけど追求は諦める。
 「あ。ガラスハウスだ」
 「ほんとだ。素敵なガーデンよね」
 絵は抽象画に混ざって、ミカエラの絵、フェンリルの絵、桜の絵と続いて、回廊は右に折れる。曲がり角の先も絵が掛かっていた。
 「これは、チェスのキングとポーンね」
 キングとポーンは、迷路のようなボードの上に描かれている。
 「普通のチェスじゃないみたいだけど、なんだかおもしろそうね。こっちは、ジンベイザメかしら?」
 キングとポーンの絵の隣には、二頭のジンベイザメの絵が壁に掛かっている。
 「エイの絵もある」
 「憶くん。金髪の女の子の絵があるよ?知ってる子?」
 外国人っぽい女の子の絵があった。燈と同じぐらの年かな。でも…。
 「んー…。知ってる気もするけど、わからない」
 「そう。あの水上バイクの絵は?女の人が二人乗ってるわ」
 「それも、知らない人…」
 「何か、絵に出口につながるヒントがあると思うんだけど。これはなんの絵かしら?」
 十人ぐらいの巫女が、輪になって歩いているような絵があった。
 「巫女?わかんないけど。こっちに屋台の絵がある。お祭りみたい」
 この辺の絵は、僕の知らない絵が多かった。
 「憶くん、これ、すごく綺麗ね。氷の花みたい」
 その絵はほんとうに綺麗だったけど、やっぱりわからなかった。
 「憶くんの絵もあるわよ」
 大きな木を背景にした僕の絵があって、その隣の絵を見て固まった。コンビニに、自動車がバックで突っ込んでいる事故の絵…。
 「事故の絵のようだけど、知ってるの?」
 「ううん。なんか、思い出しそうな気がしただけ」
 「そう」
 回廊はそこで、また右に折れている。曲がった先は、同じように絵が掛けられた回廊が続いていた。
 「この辺の絵は、また抽象画みたいだ。初めに見た抽象画とはタッチが全然違うね」
 回廊の初めに飾られている絵は、優しい感じでカラフルな絵が多かった。この辺りの絵は、縦線だけの絵や波線だけの絵、具象と抽象を合わせたような絵もあって、タッチが激しい感じがする。
 「荒々しいしいタッチね」
 「史弥お姉ちゃん、これ…」
 「家の絵かな」
 「うん。僕の家だよ。でも、なんでこれだけ…」
 のっぺりとしたタッチで描かれた家の絵が、切り裂かれている。
 「ちょっと、気になるね」
 「…うん」
 パリィン…。
 遠くでランタンが割れるような、か細い音が聞こえた。僕は通路を見まわして、ランタンを確かめる。
 「どうしたの?」
 「史弥お姉ちゃん、今の、聞こえた?」
 「今のって?」
 「ランタンが割れる音」
 「ううん」
 「遠くでガラスが割れたような音だった。この辺のランタンは割れてないみたいだけど…」
 「そう。ちょっと気になるけど、先に進んでみよ?」
 「うん」
 ちょうど、また右の曲がり角に差し掛かったところだった。その先もまだ抽象画が続いている。タッチがまた違っていて、黒いグルグルとした円形の模様が描かれた絵がずっと続いている。
 さっきの破れた絵が頭から離れない。それに、この通路に掛かってる絵も、なんだか気持ちが悪かった。
 「大丈夫?」
 「うん…。ちょっとここの絵が好きじゃないだけ」
 分かれ道に出た。右の通路を覗くと、壁に絵が掛かってた。左の通路は短くて、すぐ右に曲がる角になっている。
 「こっち、ちょと見てみる」
 左の短い通路の先の角まで行って、その先を確認した。
 「上り階段になってる」
 「戻ってきたのかしら?」
 「右に三回曲がったから、そうかも。…今見てきた絵の中に、出口につながってる絵があったんだ」
 「どれだったのかしら…。もう一回注意して見てみましょう」
 「うん」
 右の通路に入って、すぐに違和感を感じた。
 「あれ?」
 近くの絵の前まで歩く。最初は抽象画か飾られていた。でも、僕の目の前にあるのは、光を放つ子供の絵…。
 「絵が、変わってる…」
 …パリィン。
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