第59 逆さの滝の上

文字数 2,207文字

 ゴォォォォ!
 (うわ〜!)
 (ニュア〜!)
 ザッパーン!
 「っ、たっ、高」
 「にゃわわ〜」
 ドッボ〜ン!
 (うわっ?どっちが上?)
 (わっ、わかんなっ。ぐるぐるする〜)
 (ミカ、手伸ばして!)
 (伸ばしてる〜)
 ガシ。
 (…流れがっ)
 (目が回るよ〜)
 ぎゅ。
 (ミカ、大丈夫?)
 (にゃ〜〜〜。お、おさまってきた?)
 (うん。ミカ、あっちが上だ)
 かなり焦ったけど、流れが緩やかになって何とか状況を把握できた。そんなに深くない場所だ。とにかく、水面に出よう。
 バシャ。
 「…嘘でしょ?…ミカ。前」
 「ニャ?わっ。やば…」
 目の前に大きな塔があって、その塔が燃えている…。
 この世界の心臓(ハート)さんに頼まれて、ようやくここまで来れた。途中で赤い水の自分に襲われて魯舟が壊れたり、ミカに助けてもらったり、カワウソのあられちゃんと水中で鬼ごっこしたり、黒い靄の鰐に遭遇したり、イルカを助けたり、いろいろあった。そしてイルカのモーシッシに乗って辿り着いたのが、この逆さの滝だ。
 「さあミカ、どうやってこの滝登ろうか?」という僕の言葉に、ミカは「ん?そのまま噴き上げて貰えばいいんじゃない?」と応えたのがついさっき。
 逆さの滝にのみ込まれて、空中に打ち上げられて、水中に落下して、激流に翻弄されて、ようやく水面に出れたと思えば、塔が燃えている訳だ…。
 「まさか、赤の水で消化しろってこと?なんの道具のないのに」
 「私火が一番怖い〜」
 あの塔は、たぶん『時の書庫』の『反転の塔』だ。『反転の塔』の最上階に、この世界の知識が眠っている…。この世界の心臓(ハート)さんの頼みはアーテリーの水をこの世界の知識に届けることだから、なんとかして最上階まで行かないと。
 映画だと、どうだったっけ?飛竜が出て来た気がするけど…。
 考えていると『深淵の森』の事を思い出して、あ、もしかしたら大丈夫かも、という気がしてきた。
 「ちょっと近くまで行ってみる」
 「え?マジで?火だよ?あれ、火だよ?」
 「うん。たぶん、大丈夫な気がする。ミカに会う前氷の森にいたんだけど、寒くなかったから、火も熱くないかも」
 「いや、でも火だよ?」
 「ミカは火が苦手なんだね。じゃあ、抱っこしていくから猫になって」
 「う〜。マジで行くの〜?」
 シャルトリューに変化(へんげ)したミカを片手で抱えて泳ぎ、岸に上がる。地面が赤黒く燻っているけど、熱さは感じない。
 「ミカ、大丈夫?」
 「うん。大丈夫」
 熱くはなくても、炎の見た目の勢いに気後れしそうにはなるな。気を引き締めて。
 「行くよ。ミカ」
 返事の代わりに、ミカはぎゅっと僕の胸に顔を埋めた。炎の中を一歩一歩、歩いて進む。『反転の塔』の入り口までもうすぐという所で、ミカの髭がぴくぴくと動いた。
 「…ココロ、何かいる」
 「え?」
 ミカは顔を上げて、キョロキョロと周囲の火を見まわしている。
 「あ…」
 炎のゆらめきが、人の形に見えた。
 「ココロ!」
 炎の中を人の形をした火の塊が、ユラユラと向かって来ている。
 「あいつは…」
 「何?ココロ?」
 今度は火の自分か。
 「え?え?ココロ?何?あいつ?」
 「僕と同じ姿をした奴が、邪魔しに来るんだ。最初の時は鏡から出てきた。次に出てきた時は氷で。そうだ。ミカが来てくれた時、僕の形をした赤い水にやられたんだけど、ミカ、見なかった?」
 「ううん。あの時は、ココロしかいなかったよ?」
 「そっか」
 ミカが助けに来てくれた時には、もう消えていたのか。
 「で、何なの、火だるまの子?ココロじゃないのね?」
 「こいつの正体は、邪気が生み出した毒…」
 「毒?」
 「たぶん比喩的な意味だよ」
 「ひゆって?」
 「例え話」
 「わかんないよ。で、どうするの?」
 今まで自分の姿をした奴らが言ってきたことは、支離滅裂なことばかりだった。考えたって、わかる訳ない。
 「今度は何で出てきた?」
 「出てきた?ううん。僕は初めからいる。そのことに僕が気付いただけだよ」
 やっぱり支離滅裂だ。けど、まあいいや。
 「それで?」 
 「…終わりが、見えない」
 …。
 「何のこと?」
 「だいぶ進んできた。でも、終わりが見えない…」
 周りの炎が勢いを増して、体に燃え移ってきた。
 「ココロ!」
 「ミカ!大丈夫!僕は熱くない。ミカは?」
 「ココロの中なら、一応は大丈夫そう。あいつがやったの?」
 正直わからない。あいつは、ただ話すだけで動いていなかった。まだ、何か呟いている。
 「いったい、いつになったらここから出られるの?」
 何、言って…。
 「いつになったら、燈に、お母さんに、お父さんに会えるの?」
 なんだよ。こいつ…。
 「それを知りたいのは、僕の方だ!」
 思わず強く言い返すと、ボウッと纏わりつく炎が勢いを上げて、周りが見えなくなった。
 なんだんよ、こいつは。僕が不安に思っていることを言って、精神的に追い詰めてきて。
…いや、冷静になれ。
 「それは、この世界の知識に会えばわかる!」
 「…塔は燃えている」
 「だからが何だ!全然熱くない!」
 「…」
 ポタリ。
 右手の甲に、雫が落ちてきたように感じた。
 右手を見る。雫がじんわりと手に広がるような感覚があって、そこから、炎が消えていく。
 空を見上げた。火の自分も空を見上げている。
 ポツリ、ポツリと雫が降って、そこから炎が消えていく。
 「…雨?」
 右手の甲に視線を移す…。
 「…お母さん?」
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