第61話 塔
文字数 2,677文字
ポタリ。
右手の甲に、雫が落ちてきたように感じた。
右手を見る。雫がじんわりと手に広がるような感覚があって、そこから、炎が消えていく。
空を見上げた。火の自分も空を見上げている。
ポツリ、ポツリと雫が降って、そこから炎が消えていく。
「…雨?」
右手の甲に視線を移す…。
「…お母さん?」
サーッと雨が降り出した。
いつの間にか、火の自分は消えていて、燃えている塔も鎮火されていく。
「ココロ?」
「…お母さん?…泣いてる?」
なぜかそう感じた。
…お母さんが、火を消してくれた?
「火が消えたね、ココロ。これで塔に入れるよ」
見ると火は完全に消えていて、『反転の塔』がその全容を現していた。
「あ。うん、そうだ。塔を登ろう」
ミカは人の姿になっている。
「あれ?ミカ、さっきまでシャルトリューだったよね?いつの間に?」
「さっきの間だよ」
「いや、全然気付かなかった」
「大丈夫?ちょっとぼーっとしてたよ?」
「うん。大丈夫。行こう」
雨は止んで、空を見上げると虹がかかってた。正面の塔は焼け跡がまったくなく、さっきまで炎に包まれていたのが信じられない。
「…『反転の塔』」
「ハンテンノトウ?」
「うん。『時の書庫』っていう映画に出てくる塔」
「ふうん。中はどうなってるの。けっこう高いよ」
「えっと、映画だとエレベーターで行けたかな?」
「なら楽だね」
「だといいけど」
『反転の塔』に扉はなく開口部があり、そこから中に入る。塔の中はガランとしていて、中央に赤い柱があった。柱はずっと上まで続いている。
「映画では、あんな柱なかったと思う。あの位置にエレベーターがあったような…」
「ふ〜ん。柱調べてみよっか?」
「うん…」
この時、ゾワッとした気配を感じて振り返った。
「どうしたの?」
「…ううん、何でもない」
塔の中央へ踏み出すとふわりと体が軽く感じた。
「うわ」
「お〜。ふらつく」
「なんか、体が軽いね。浮きそう」
「ふらつく〜」
ふわふわと不安定な感じで進んでいる間も、なぜか後ろが気になった。何かが追ってくるような、そんな不安感がある。
「わ?何これ?」
赤い柱に触れたミカが、驚いたように手を引っ込める。
「どうしたの?」
「水みたいだった…ココロも触ってみて」
柱に手を触れてみる。
「水?ほんとだ。上に流れてる」
「『赤の川』の水かな」
「そう思う」
「この中を泳いだら、上に行ける?」
周りを見ても、他に上に行く手段はなさそうだ。
「うん。たぶん…」
赤い水の柱は、ずっと上の方まで続いている。かなり高い。柱の幅は普通のエレベーターぐらいだ。ミカと一緒に赤い水柱に入る。赤の水はゆっくりと上に流れていて、その流れに乗って泳いで上る。
「ゴアアアアア〜」
獣の咆哮が響いた。
(ココロ!)
塔の入り口に黒い獣がいた。
(何だあれ!?)
強いデジャブを感じながら、赤い水柱を泳いで上る。黒い獣が向かってきた。
(私が)
(待ってミカ)
虎に変化 しようとしたミカを制止した。黒い獣は赤い水柱の周りをグルグルと周り、水の中には入って来ない。
(ここまでは、追って来ない?)
(この水柱に入れないのかな?)
(わからないけど、このまま上っていこう)
(そだね。あんなヤツ無視無視)
黒い獣は僕たちの方を見上げて、ウロウロと徘徊している。何なんだあの獣?形のよくわからない獣だ。四足歩行の動物にも二足歩行の動物にも見える。
(それにしてもココロ、この塔、中は何もないね)
(まあ、そうだね)
塔の内側は、よく言えばミニマル、悪く言えば殺風景な作りになっている。高さは、よくわからない。三十階建の建物ぐらいかもしれないし、五十階建ぐらいかもしれない。何しろ、そんな高い建物で吹き抜けなんて見たことないから。一応、天井は見えている。
(あ、あいつ、いなくなってる)
見下ろすと、黒い獣がいなくなっていた。
(出て行ったのかな?)
(諦めてどっか行っちゃったんだね、きっと)
何だったんろう?あの獣?また出てくる予感はするけど、今は先に進むことを考えよう。この世界の知識まで、もう少しだ。
僕とミカはかなり高い所まで上ってきた。
…もしこの赤い水の柱から外に出たら、下まで落ちるのかな。
かなりの高さまで上って来たけど、落下の怖さはそこまで感じなかった。塔に入った時、体が浮くような感覚があったから、落ちても痛くないかもしれない。まあ、試す気にはならないけど。
ぐんぐん上っていき天井に辿り着く。そのままバシャッと水面に出した。ビュウッと強い風が吹きつける。続いてミカが、僕の体を押し除けて顔を出した。
「屋上?」
「みたいだけど、上見て、ミカ」
上空に大きな円盤が浮かんでいる。ちょうど屋上と同じぐらいの大きさと思う。
「天井?」
「柱も壁も、何も支えるものがないけど、天井っていうのかな?どうなんだろ?」
天井のように見えなくもない…。
「ここなの?ココロが来たかった場所って?」
「そのはずだけど…。特にこの世界の知識らいしい物は、何もないね」
塔の屋上は、床に浅く赤い水が張っているだけで、何もない。ただ、上方に円盤が浮いているだけだ。
「飛竜…」
「何?ヒリュウって」
『時の書庫』の、このシーンを思い出して無意識に口から言葉が出た。
「いや…なんでもない。やっぱり、あの天井が怪しいね」
「そうだよね」
赤い水柱から出て、床に立とうとして、立てなかった。
「わっ!?うわっ!?」
「にゃっ!?」
床に足が着かず、滑ったように体勢を崩してふわりと体が浮いた。
「にゃ、にゃにゃにゃ。う、浮いているよ!ココロ」
ミカがしがみついてきた。体が宙に浮いている状態で、風がいろんな方向から吹きつけてきて体勢を立てないせない。
「くっ。上だ。なんとかしてあの円盤まで行かないと」
直感的にそう思った。この状況で行き先は上空に浮かぶ円盤しかない。風が吹き荒ぶ無重力の中、なんとか円盤を目指す。
空が、急速に曇る。
ゴロゴロオォォ…。
遠くで雷が鳴った。
泳ぐように進もうとしても、手足は文字通り空を切る。強風に翻弄されて、進めているのかわからなくなってきた。
浮かんでいる円盤をしっかりと見据え目指す。
辿り着け。
風に飛ばされる。雷が鳴る。赤い水を張った床は、遠のいている。円盤に、近付いてきている。
辿り着け。
強風に翻弄されながら、僕とミカは抱き合ったまま円盤を目指した。そして、やっとのことで、伸ばした手の指先が円盤に届いた。
ピカッ。
右手の甲に、雫が落ちてきたように感じた。
右手を見る。雫がじんわりと手に広がるような感覚があって、そこから、炎が消えていく。
空を見上げた。火の自分も空を見上げている。
ポツリ、ポツリと雫が降って、そこから炎が消えていく。
「…雨?」
右手の甲に視線を移す…。
「…お母さん?」
サーッと雨が降り出した。
いつの間にか、火の自分は消えていて、燃えている塔も鎮火されていく。
「ココロ?」
「…お母さん?…泣いてる?」
なぜかそう感じた。
…お母さんが、火を消してくれた?
「火が消えたね、ココロ。これで塔に入れるよ」
見ると火は完全に消えていて、『反転の塔』がその全容を現していた。
「あ。うん、そうだ。塔を登ろう」
ミカは人の姿になっている。
「あれ?ミカ、さっきまでシャルトリューだったよね?いつの間に?」
「さっきの間だよ」
「いや、全然気付かなかった」
「大丈夫?ちょっとぼーっとしてたよ?」
「うん。大丈夫。行こう」
雨は止んで、空を見上げると虹がかかってた。正面の塔は焼け跡がまったくなく、さっきまで炎に包まれていたのが信じられない。
「…『反転の塔』」
「ハンテンノトウ?」
「うん。『時の書庫』っていう映画に出てくる塔」
「ふうん。中はどうなってるの。けっこう高いよ」
「えっと、映画だとエレベーターで行けたかな?」
「なら楽だね」
「だといいけど」
『反転の塔』に扉はなく開口部があり、そこから中に入る。塔の中はガランとしていて、中央に赤い柱があった。柱はずっと上まで続いている。
「映画では、あんな柱なかったと思う。あの位置にエレベーターがあったような…」
「ふ〜ん。柱調べてみよっか?」
「うん…」
この時、ゾワッとした気配を感じて振り返った。
「どうしたの?」
「…ううん、何でもない」
塔の中央へ踏み出すとふわりと体が軽く感じた。
「うわ」
「お〜。ふらつく」
「なんか、体が軽いね。浮きそう」
「ふらつく〜」
ふわふわと不安定な感じで進んでいる間も、なぜか後ろが気になった。何かが追ってくるような、そんな不安感がある。
「わ?何これ?」
赤い柱に触れたミカが、驚いたように手を引っ込める。
「どうしたの?」
「水みたいだった…ココロも触ってみて」
柱に手を触れてみる。
「水?ほんとだ。上に流れてる」
「『赤の川』の水かな」
「そう思う」
「この中を泳いだら、上に行ける?」
周りを見ても、他に上に行く手段はなさそうだ。
「うん。たぶん…」
赤い水の柱は、ずっと上の方まで続いている。かなり高い。柱の幅は普通のエレベーターぐらいだ。ミカと一緒に赤い水柱に入る。赤の水はゆっくりと上に流れていて、その流れに乗って泳いで上る。
「ゴアアアアア〜」
獣の咆哮が響いた。
(ココロ!)
塔の入り口に黒い獣がいた。
(何だあれ!?)
強いデジャブを感じながら、赤い水柱を泳いで上る。黒い獣が向かってきた。
(私が)
(待ってミカ)
虎に
(ここまでは、追って来ない?)
(この水柱に入れないのかな?)
(わからないけど、このまま上っていこう)
(そだね。あんなヤツ無視無視)
黒い獣は僕たちの方を見上げて、ウロウロと徘徊している。何なんだあの獣?形のよくわからない獣だ。四足歩行の動物にも二足歩行の動物にも見える。
(それにしてもココロ、この塔、中は何もないね)
(まあ、そうだね)
塔の内側は、よく言えばミニマル、悪く言えば殺風景な作りになっている。高さは、よくわからない。三十階建の建物ぐらいかもしれないし、五十階建ぐらいかもしれない。何しろ、そんな高い建物で吹き抜けなんて見たことないから。一応、天井は見えている。
(あ、あいつ、いなくなってる)
見下ろすと、黒い獣がいなくなっていた。
(出て行ったのかな?)
(諦めてどっか行っちゃったんだね、きっと)
何だったんろう?あの獣?また出てくる予感はするけど、今は先に進むことを考えよう。この世界の知識まで、もう少しだ。
僕とミカはかなり高い所まで上ってきた。
…もしこの赤い水の柱から外に出たら、下まで落ちるのかな。
かなりの高さまで上って来たけど、落下の怖さはそこまで感じなかった。塔に入った時、体が浮くような感覚があったから、落ちても痛くないかもしれない。まあ、試す気にはならないけど。
ぐんぐん上っていき天井に辿り着く。そのままバシャッと水面に出した。ビュウッと強い風が吹きつける。続いてミカが、僕の体を押し除けて顔を出した。
「屋上?」
「みたいだけど、上見て、ミカ」
上空に大きな円盤が浮かんでいる。ちょうど屋上と同じぐらいの大きさと思う。
「天井?」
「柱も壁も、何も支えるものがないけど、天井っていうのかな?どうなんだろ?」
天井のように見えなくもない…。
「ここなの?ココロが来たかった場所って?」
「そのはずだけど…。特にこの世界の知識らいしい物は、何もないね」
塔の屋上は、床に浅く赤い水が張っているだけで、何もない。ただ、上方に円盤が浮いているだけだ。
「飛竜…」
「何?ヒリュウって」
『時の書庫』の、このシーンを思い出して無意識に口から言葉が出た。
「いや…なんでもない。やっぱり、あの天井が怪しいね」
「そうだよね」
赤い水柱から出て、床に立とうとして、立てなかった。
「わっ!?うわっ!?」
「にゃっ!?」
床に足が着かず、滑ったように体勢を崩してふわりと体が浮いた。
「にゃ、にゃにゃにゃ。う、浮いているよ!ココロ」
ミカがしがみついてきた。体が宙に浮いている状態で、風がいろんな方向から吹きつけてきて体勢を立てないせない。
「くっ。上だ。なんとかしてあの円盤まで行かないと」
直感的にそう思った。この状況で行き先は上空に浮かぶ円盤しかない。風が吹き荒ぶ無重力の中、なんとか円盤を目指す。
空が、急速に曇る。
ゴロゴロオォォ…。
遠くで雷が鳴った。
泳ぐように進もうとしても、手足は文字通り空を切る。強風に翻弄されて、進めているのかわからなくなってきた。
浮かんでいる円盤をしっかりと見据え目指す。
辿り着け。
風に飛ばされる。雷が鳴る。赤い水を張った床は、遠のいている。円盤に、近付いてきている。
辿り着け。
強風に翻弄されながら、僕とミカは抱き合ったまま円盤を目指した。そして、やっとのことで、伸ばした手の指先が円盤に届いた。
ピカッ。