第64話 海風(12月18日 その時まで12日)

文字数 2,308文字

 イーグルアイ。
 鷲の眼のような、俯瞰的な視野で状況判断能力を高める。神の目とも言われ、災いを退け幸運をもたらす。また、未来を見通すこともできる。
 静葉が調べてくれたイーグルアイの効果。随分と大層な効果だ。
 「仕事で大事な局面を迎える時や、安全運転のお守りとして人気なんだって」とも、静葉は言っていた。
 「安全運転か…」
 コンビニでの事故のことを思い出した。あのお爺さんには効果なかったな。いや、あのお爺さんが持っていた訳ではないから関係ないか。
 私は無事で良かったけど。もしかしたらイーグルアイの効果で、私は無意識的に車がバックしてくることを察知したとか?
 「せっかくだから、イーグルアイ持って行こ」
 最近になって、風が不穏な音を鳴らすようになってきた。風鳴(かざなり)は、天候が荒れる予兆だったり、海の事故の予兆だったりする。
 私はお父さんのことが心配になって、昨日静葉とお母さんにその話をした。自慢じゃないけど私の天候予測はよく当たるので、静葉と海神様にお香をお供えに行くことにしたのだ。
 外に出て、風の音を聞く…。
 ビュ〜ゥゥゥ。
 …コーストエリアの方だ。
 中に戻り、静葉の部屋をノックした。
 「はーい」
 「静葉。準備できてる?そろそろ行こ」
 「できてるよ。で、どこまで行くの?」
 「コーストエリアのマリーナでジェットに乗るよ」
 「ブルードルフィンだ。よかったね。もう一コの方じゃなくて」
 「私は別にどっちでもいいよ」
 「私はブルードルフィンがいい」
 「まあ、どっちかと言えば、私もブルードルフィンの方が好きだけど」
 コーストエリアのマリーナまで車で一時間ぐらい。車に荷物を積んで私の運転で出発。
 「古波蔵(こばくら)さんに電話するね」
 「ありがとう」 
 静葉にマリーナに連絡してもらう。
 「それで、風の音ってどんな感じなの?」
 「何て言うか、風の音を聞いてると不安になる感じ」
 「天気予報は、まだ何も出てないよね」
 「うん。まだだね」
 「まあ、お姉ちゃんのことだから、ほんとに荒れると思うけど。そこまで酷くないといいね」
 「そうね」
 「そのためのお供えだもんね」
 マリーナに着くと古波蔵さんが出迎えてくれた。
 「おう。岸奈姉妹。ブルードルフィン準備できてるぞ」
 「ありがとう。古波蔵さん」
 更衣室でウェットスーツに着替え、古波蔵さんに私のジェット、ブルードルフィンを下架してもらって乗り込んだ。お香の詰まったバッグは、後ろの静葉が持っている。私は海の音と風の音に耳を澄ませた。
 「行くよ」
 「オッケー」
 マリーナから沖に出て、ビーチの方に向かった。ビーチにはカップルや、お香の原料を集めている地元の人たちがいる。
 風は、まだ私に呼び掛けてこない。
 子連れの家族がビーチにやって来た。男の子と女の子が興味深そうに私たちの方を見ているので、よく見えるようにできるだけ浜辺の近くを走って手を振ってみた。子供たちも手を振りかえしてくれて、微笑まし気分になる。
 ヒュ〜ゥゥゥ。
 風が鳴る。あっちだ。私はきっと、風の音を耳ではなくて、心で聞いている。エンジンが爆音を立てていても、小さな風の音が聞こえることがあるから。
 「静葉、ベイアイランドへ行くよ」
 「オッケー」
 ベイアイランドに行ってみると、なんだか思っていたよりも風の音に力強さを感じた。いい意味での強さだ。危険を孕んだ不吉な音色と同時に、不安な気持ちにさせない、頼もしさを感じさせる力強さだ。
 「お姉ちゃん、ベイアイランドタワー工事してるね」
 「ん?ほんとだ。修理かな」
 展望灯台のベイアイランドタワーに足場が組み立てられている。
 「…静葉。ベイアイランドは何か大丈夫そう。あっちの岬の方行ってみるね」
 「え?うん」
 「あの岬って、名前なんだっけ?度忘れしちゃった」
 「小動(こゆるぎ)岬?」
 「ああ、そうだった」
 「あっちの方な気がする」
 小動岬の方へ行ってみると、ここでも不吉な音色と力強い音色が混ざっているように聞こえた。
 うーん。わからなくなってきた。
 エンジンを切って耳を澄ます。
 「迷ってるの?お姉ちゃん?」
 「うん。何か、今日は微妙なポイントがいくつかあって、絞れないな。タイミングも難しい」
 「珍しいね。じゃあ、全部のポイントでお供えする?」
 「んー、それもいいかも…」
 ヒュ〜ゥゥゥ。
 言いかけて、風鳴(かざなり)が聞こえた。
 「静葉、聞こえた。もう少し沖だ。そろそろ風が強くなる」
 「え?オッケー」
 ビーチを離れ沖の方に出た。風のタイミングを図るように、大きくゆっくりと旋回する。風の音に意識を集中。
 静葉はバッグを抱えて用意している。
 「静葉、今」
 静葉がバッとお香を巻き上げる。風に乗って高く舞い上がるお香を見届けているその時、強い視線を感じた。
 気配を辿ると、岬の階段の所に男の人がいた。私たちを見ている。
 「どうしたの?」
 「いや、視線を感じて」
 静葉も私の視線を辿って岬の方を向く。
 「あ、ほんとだ。誰かこっち見てるね。でも…」
 静葉の言おうとしてることはわかる。ジェットに乗っていると見られることはよくある。だから、それだけだと今の私のリアクションの説明になっていない…。
 「うん。わかってる。ちょっと視線を強く感じただけ。風に集中」
 私は何度かターンを繰り返し、位置とタイミングを見計らう」
 「静葉、もう一度上昇気流が起こるよ」
 「うん」
 静葉がもう一度お香を巻き上げる。強い風が吹き上がり、上昇気流に乗って、お香は螺旋を描き高く高く昇っていく。
 「いい感じに上がってね。お姉ちゃん」
 「うん。いい感じ」
 海神様。どうか海が荒れませんように。父が無事に帰ってきますように。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み