第15話 絵

文字数 2,770文字

 「いま見てきた絵の中に、出口につながってる絵があったんだ」
 「どれだったのかしら。もう一回注意して見てみましょう」
 「うん」
 右の通路に入って、すぐに違和感を感じた。
 「あれ?」
 近くの絵の前まで歩く。最初は抽象画が飾られていた。でも、僕の目の前にあるのは、光を放つ子供の絵…。
 「絵が、変わってる…」
 …パリィン。
 「また音がした!」
 「私も聞こえたわ」
 回廊を見まわす。
 「この辺のは割れてないわね」
 「うん」
 「早く出口を見つけた方が良さそうね。絵に、何かヒントがあればいいのだけど」 
 早足で素通りするように絵を見ながら回廊を進んで行く。大きな石扉の絵や、二つの石像の絵があった。
 「あの石像って『時の書庫』に出てこなかったかしら?」
 「出てきたけど…」
 僕は別のことを感じていた。石像の次は、回廊の絵…。
 パリン。
 「(こころ)くん、後ろ」
 後ろの方のランタンが一つ割れて、灯りが消えた。
 「早く、隠し通路を見つけないと」
 小走りになって、隠し通路につながっている絵を探す。自分が鏡に映っている絵。
 これは?わからない。そもそも、見てわかる絵とは限らない。どうやって見つけたら…?
 パリン。ランタンは割れていき、だんだん嫌な予感が強まってくる。次は崩れた回廊の絵。その絵を見た瞬間、グラリと回廊が揺れた。
 「きゃっ」と史弥(ひとみ)お姉ちゃんがよろめく。
 「お姉ちゃん」
 「大丈夫よ」
 パリン、パリンとランタンが割れ、後ろから闇が迫ってくる。
 「でも、絵を見ても、どれなのかわからないよ」
 「直感を信じて。憶くん。急いぐわよ」
 直感って…。迷いながらも、揺れる回廊を駆けて、絵の前を過ぎて行く。史弥お姉ちゃんの絵。パリン。僕と史弥お姉ちゃんが迷路のような通路を歩いている絵。パリン。無限に鏡に反射ている僕と史弥お姉ちゃんの絵、パリン、下り階段の絵…。
 「ここにある絵は、さっきあったことだ」
 「そうみたいね」
 回廊はガラガラと崩れ出し、闇はもう僕たちを追い越して辺りは暗い。胸の前を漂っている虹蛍が、周囲の狭い範囲を照らしている。
 階段の絵を通り過ぎると、後は

が続いた。
 だめだ。わからない。
 パリン…。前の方でランタンが割れて、回廊の灯りが完全に消えた。虹蛍の光が一層際立って、何か、思い出しそうになった。同時に(憶くん!)(お兄ちゃん!)と、遠くから声が聞こえた気がした。
 「いま、声がした。聞こえた?」
 「声?聞こえなかったけど、なんて聞こえたの?」
 「憶くん、お兄ちゃんって。たぶんお母さんと燈の声…」
 ピカっと光が走った。
 「うわっ!?」
 「うぅっ…。何?いま、絵が光ったの?」
 壁に掛かっている絵が、一瞬だけ一斉に光ったように見えた。
 「ように見えたけど…、いてっ」
 「どうしたの?」
 「いや、チクッとしただけ」
 チクッと左腕に痛みを感じて、見ると赤い点があって、さするとすぐに消えた。
 「…もう何ともない」
 ガラガラっと大きな音を立てて、後方の回路が崩れて塞がった。
 「そうだ。虹蛍。さっき虹蛍見て、何か思い出しそうになったんだ」
 「虹蛍?」
 虹蛍は少し離れたところを漂っていて、二重に見えた。
 「虹の光が、二つ?」
 「あっちだ!」
 虹蛍の方へ駆け出した。
 「あっちの方でも、何か虹色に光ってるものがあるわ」
 光っているのは絵みたいだ。なんの絵が?
 崩れていく回廊のなか虹蛍を追って、光を放つ絵のもとへ急ぐ。
 それは、僕と史弥お姉ちゃんが絵を見ている絵だった。

が光っている。その絵はクリスタルのような透明の石で、石の中に虹がかかっていた。その虹が、キラキラと光を発している。
 虹蛍が、クリスタルの光と重なったように見えたと思ったら、ふっと絵が消えて、両開きの石の扉が現れた。
 「扉だ!」
 「押すわよ!」
 力を合わせて重い扉を押し開け、崩れる回廊をぎりぎり抜け出した。
 「光!出口かも!」
 扉の先はランタンの灯った通路になっていて、その先に光が見える。背後で、扉がずうぅんと音を立てて勝手に閉まった。
 「憶くん…。早く、先に…」
 史弥お姉ちゃんの様子がなんだかおかしい…。
 「どうしたの?大丈夫?」
 「大丈夫だから…。先に進んでね…」
 「うん…」
 少し気になったけど、通路の先の光が出口かもと思うと、自然に足が早くなる。
 「史弥お姉ちゃん!あれ出口だよ!外の明かりだ!」
 やっとだ。
 回廊を抜けて、明るい外に飛び出した。
 やっと『暗闇の回廊』から外へ出ることができた。目の前に、キラキラと明るい雪と氷の景色が広がっている。
 「わあ!氷の森だ!」
 ドサッ。
 後ろで音がして振り返ると、史弥お姉ちゃんが雪の中に倒れていた。
 「史弥お姉ちゃん!大丈夫!?けがしたの?」
 史弥お姉ちゃんの上半身を抱えるようにして起こそうとした。
 「ありがとう、憶くん。私は大丈夫よ。…ただ力を使い果たしちゃったみたいで。…もう、ここにいられないの」
 「…え?」
 それって、どういうこと?
 えっと…、史弥お姉ちゃんは、予知夢の力でここまで来たって言ってた。だから、その力が切れて、ここにいることができなくなった、ということ?
 …それは、…でも、…嫌だ。
 「史弥お姉ちゃんがいなくなるの、嫌だ」
 史弥お姉ちゃんはにっこりと微笑んだ。そして、そっと僕の左手を見て、目を閉じた。
 「憶くん。大丈夫。ここまでが私の役目だったの。だから、ここからは、私の助けがなくても、憶くんは大丈夫。絶対大丈夫!」
 史弥お姉ちゃんはそう言うと、ふっと消えてしまった。
 「…え?…あれ?」
 忽然と、いなくなった…。
 「消えちゃった…?」
 …。
 「大丈夫って、言われても…」
 …。
 「史弥お姉ちゃんの力、使い果たしたら消えるって、始めに言ってくれてもいいのに…」
 …。
 「あーあ…。どうしようかなあ…」
 …。
 「…雪と氷。…でも寒くないし、冷たくない。…変なの。こんなかっこなのに」
 自分が着ている水色のパジャマとスリッパを見て、どうでもいいやという気持ちになってきた。僕は雪を両手を握りしめて、自分の手を見つめる。その時になって気がついた。
 「あ…。セラフィナイトがない。…回廊で落としちゃったのかな」
 通ってきた通路を振り返る。
 「取りに戻るのは、絶対無理に決まってる」
 目の前に広がるのは、寒々しい氷の森。
 最初に回廊から出て見たときは、開放感があって、とても綺麗に見えて、すごく感動したのに。
 「…どっちに行こう」
 氷の森は、キラキラと光を反射させている。
 「…虹蛍も消えてる」
 …。
 「どっちに行けばいいのかわからないや…」
 ゆっくりと立ち上がる。
 「あーあ…。とにかく…、前に進も…」
 雪に覆われた地面を歩き、一人、氷の森へ入っていった。
 
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